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「名体不二」の版間の差分

出典: 浄土真宗聖典『ウィキアーカイブ(WikiArc)』

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   名号には仏徳のすべてが摂在しているから、名号と仏体とは一体不二であること。([[安心決定#P--1386|安心決定 P.1386]])
 
   名号には仏徳のすべてが摂在しているから、名号と仏体とは一体不二であること。([[安心決定#P--1386|安心決定 P.1386]])
 
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  阿弥陀仏の<kana>名号(みょうごう)</kana>とその仏体(ぶったい)とが一なること。換言すれば、名号が<kana>正覚(しょうがく)</kana>(さとり)の全体であり、名号を離れて阿弥陀仏の正覚のないことを示す。
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  阿弥陀仏の<kana>名号(みょうごう)</kana>とその<kana>仏体(ぶったい)</kana>とが一なること。換言すれば、名号が<kana>正覚(しょうがく)</kana>(さとり)の全体であり、名号を離れて阿弥陀仏の正覚のないことを示す。
  
  
 
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2006年9月17日 (日) 13:17時点における版

みょうたいふに

  名号には仏徳のすべてが摂在しているから、名号と仏体とは一体不二であること。(安心決定 P.1386)


  阿弥陀仏の名号(みょうごう)とその仏体(ぶったい)とが一なること。換言すれば、名号が正覚(しょうがく)(さとり)の全体であり、名号を離れて阿弥陀仏の正覚のないことを示す。


出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社

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