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「総別」の版間の差分

出典: 浄土真宗聖典『ウィキアーカイブ(WikiArc)』

 
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 一法句を総とし、二十九種の荘厳清浄を別という。 ([[安楽集 (七祖)#P--200|安楽集 P.200]])
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 [[一法句]]を総とし、二十九種の荘厳清浄を別という。 ([[安楽集 (七祖)#P--200|安楽集 P.200]])
 
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総・別とは、一往・再往、当分・跨節などと同様に、教義の法相の法理を論じるときに使われる語。「総」とは全体に通じる一往(十分ではないが、大略は示している意。一応の原義)の意味、一般的な意義をいい、「別」とは総に含まれる特別な[[再往]]の意義、肝要の意義をいう。たとえば、阿弥陀如来の本願は、総でいえば四十八願であり、別でいえば第十八願である。
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[[Category:追記]]

2023年12月30日 (土) 18:09時点における最新版

そうべつ

 国土荘厳十七種のうち、第一の荘厳清浄功徳を総とし、他の十六を別という。 (論註 P.123)


 一法句を総とし、二十九種の荘厳清浄を別という。 (安楽集 P.200)

出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社

区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。

総・別とは、一往・再往、当分・跨節などと同様に、教義の法相の法理を論じるときに使われる語。「総」とは全体に通じる一往(十分ではないが、大略は示している意。一応の原義)の意味、一般的な意義をいい、「別」とは総に含まれる特別な再往の意義、肝要の意義をいう。たとえば、阿弥陀如来の本願は、総でいえば四十八願であり、別でいえば第十八願である。