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出典: 浄土真宗聖典『ウィキアーカイブ(WikiArc)』

 
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ぶっぽう 仏法
 
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 仏の説いた教えのこと。なお、[[蓮如]]はしばしば[[王法]]に対する語として用いた。→[[王法仏法]]。(浄土真宗辞典)
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 仏の説いた教えのこと。なお、[[蓮如]]はしばしば[[王法]]に対する語として用いた。→[[王法]][[仏法]]。(浄土真宗辞典)
 
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ぶつどう 仏道
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ぶっぽう 仏法
  
:① 同は菩提(さとり)の訳語。即ち、仏の果徳である無上菩提をいう。
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 仏が教えた[[法]]。すなわち世間を超えた普遍的な絶対の真理。<br />
:② 仏が衆生のために教えた道。仏教。
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真宗では[[大経]]を[[真実の教]]とし、それに説かれた本願念仏の教法を真実の[[仏法]]とする。[[仏法]]に対して、[[王法]]とは統治者が定めた制度・法律、また倫理・道徳を含む社会的な制法をいい、仏教徒の生活は[[仏法]]を主とするのが当然であるが、社会的生活においては世俗的規範を無視することができず、仏法と[[王法]]との関係が問題となる。<br />
:③ 仏になる道。即ち仏果である無上菩提に至るべき道。(仏教学辞典)
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[[親鸞]]は[[門徒]]に世俗の責務を疎略にしないようにと諭し、[[蓮如]]は[[王法]]を尊重するように説いて自制を求めた。<br />
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中世末から近世に封建社会が確立する過程で、真宗教団は[[蓮如]]の意趣を体制に従順する論理に用いて王法為本・仁義為先を強調し、近代国家が成立する段階では、仏法を[[真諦]]、王法を[[俗諦]]として、二諦の相依関係を説いた。(真宗新辞典)
 
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2024年11月10日 (日) 11:53時点における最新版

ぶっぽう 仏法

 仏の説いた教えのこと。なお、蓮如はしばしば王法に対する語として用いた。→王法仏法。(浄土真宗辞典)

ぶっぽう 仏法

 仏が教えた。すなわち世間を超えた普遍的な絶対の真理。
真宗では大経真実の教とし、それに説かれた本願念仏の教法を真実の仏法とする。仏法に対して、王法とは統治者が定めた制度・法律、また倫理・道徳を含む社会的な制法をいい、仏教徒の生活は仏法を主とするのが当然であるが、社会的生活においては世俗的規範を無視することができず、仏法と王法との関係が問題となる。
親鸞門徒に世俗の責務を疎略にしないようにと諭し、蓮如王法を尊重するように説いて自制を求めた。
中世末から近世に封建社会が確立する過程で、真宗教団は蓮如の意趣を体制に従順する論理に用いて王法為本・仁義為先を強調し、近代国家が成立する段階では、仏法を真諦、王法を俗諦として、二諦の相依関係を説いた。(真宗新辞典)

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