操作

「八敬」の版間の差分

出典: 浄土真宗聖典『ウィキアーカイブ(WikiArc)』

 
 
1行目: 1行目:
(はちきょう)
+
はちきょう
  
  八敬法・八重法(はちじゅうほう)<ruby><rb>八尊師法</rb><rp>(</rp><rt>はちそんしほう</rt><rp>)</rp></ruby>・<ruby><rb>八不可越法</rb><rp>(</rp><rt>はちふかおつほう</rt><rp>)</rp></ruby>ともいう。<ruby><rb>比丘尼</rb><rp>(</rp><rt>びくに</rt><rp>)</rp></ruby>が比丘に対して守るべき法。
+
 八敬法・<kana>八重法(はちじゅうほう)</kana><kana>八尊師法(はちそんしほう)</kana>・<kana>八不可越法(はちふかおつほう)</kana>ともいう。<kana>[[比丘尼]](びくに)</kana>が[[比丘]]に対して守るべき法。
  
*①百歳の尼も初受戒(しょじゅかい)の比丘を礼拝(らいはい)すること。
+
:①百歳の尼も初受戒(しょじゅかい)の比丘を礼拝(らいはい)すること。
*②尼は比丘を恭敬(くぎょう)してみだりにそしってはならない。
+
:②尼は比丘を恭敬(くぎょう)してみだりにそしってはならない。
*③比丘に過失があっても尼はこれを挙げてはならない。
+
:③比丘に過失があっても尼はこれを挙げてはならない。
*④具足戒を奉持(ぶじ)しようとする尼は大徳(だいとく)の比丘のもとでこれを求めること。
+
:④具足戒を奉持(ぶじ)しようとする尼は大徳(だいとく)の比丘のもとでこれを求めること。
*⑤尼に過失があれば比丘衆の中で懺悔(さんげ)すること。
+
:⑤尼に過失があれば比丘衆の中で懺悔(さんげ)すること。
*⑥尼は毎月二回、大徳の比丘衆の中で教誡法(きょうかいほう)を求め自ら仏道を修めること。
+
:⑥尼は毎月二回、大徳の比丘衆の中で教誡法(きょうかいほう)を求め自ら仏道を修めること。
*⑦夏安居(げあんご)の間は比丘と同処して朝夕法義を諮問し、見聞を増し、自ら修習すること。
+
:⑦夏安居(げあんご)の間は比丘と同処して朝夕法義を諮問し、見聞を増し、自ら修習すること。
*⑧安居が終ると比丘衆に随って<ruby><rb>自恣</rb><rp>(</rp><rt>じし</rt><rp>)</rp></ruby>の法を行ずること。
+
:⑧安居が終ると比丘衆に随って<kana>自恣(じし)</kana>の法を行ずること。
  
 
{{Copyright}}
 
{{Copyright}}
 
----
 
----
 +
[[exc:自恣]]

2005年11月3日 (木) 22:13時点における最新版

はちきょう

 八敬法・八重法(はちじゅうほう)八尊師法(はちそんしほう)八不可越法(はちふかおつほう)ともいう。比丘尼(びくに)比丘に対して守るべき法。

①百歳の尼も初受戒(しょじゅかい)の比丘を礼拝(らいはい)すること。
②尼は比丘を恭敬(くぎょう)してみだりにそしってはならない。
③比丘に過失があっても尼はこれを挙げてはならない。
④具足戒を奉持(ぶじ)しようとする尼は大徳(だいとく)の比丘のもとでこれを求めること。
⑤尼に過失があれば比丘衆の中で懺悔(さんげ)すること。
⑥尼は毎月二回、大徳の比丘衆の中で教誡法(きょうかいほう)を求め自ら仏道を修めること。
⑦夏安居(げあんご)の間は比丘と同処して朝夕法義を諮問し、見聞を増し、自ら修習すること。
⑧安居が終ると比丘衆に随って自恣(じし)の法を行ずること。
出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社

区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。

exc:自恣