「疑」の版間の差分
出典: 浄土真宗聖典『ウィキアーカイブ(WikiArc)』
(ページの作成:「{{Inyou2| ぎ 疑 (梵)ヴィチキトサー vicikitsá の訳。心所(心のはたらき)の一。仏教の真理に対して心がためらい決定しないこと...」) |
(相違点なし)
|
2018年10月29日 (月) 17:09時点における版
ぎ 疑
(梵)ヴィチキトサー vicikitsá の訳。心所(心のはたらき)の一。仏教の真理に対して心がためらい決定しないこと。信に相対する。 倶舎宗では不定地法の一。唯識宗では六根本煩悩の一。なお広義では、一般に煩悩でない疑いをも含める。疑いの気持ちが入り乱れて決定しないことを網にたとえて疑網(ぎもう)という。自らを疑い、師を疑い、法を疑うのを三疑という。(仏教語辞典)