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「註釈版聖典七祖篇を読む」の版間の差分

出典: 浄土真宗聖典『ウィキアーカイブ(WikiArc)』

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 このたび教学研究所の浄土真宗聖典編纂委員会より、『註釈版聖典七祖篇』が刊行されました。さきに出版された『原典版聖典七祖篇』に基づいて、くわしい註釈を施したものです。そこでこの『註釈版聖典七祖篇』の特色を解説するにさきだって、『原典版聖典七祖篇』の特徴である「当面読み」と私どもが呼んでいる読み方についてまず触れておきたいと思います。<br />
 
 このたび教学研究所の浄土真宗聖典編纂委員会より、『註釈版聖典七祖篇』が刊行されました。さきに出版された『原典版聖典七祖篇』に基づいて、くわしい註釈を施したものです。そこでこの『註釈版聖典七祖篇』の特色を解説するにさきだって、『原典版聖典七祖篇』の特徴である「当面読み」と私どもが呼んでいる読み方についてまず触れておきたいと思います。<br />
 「当面読み」とは、あまり聞きなれない言葉ですが、お聖教を文面どおりに読むことです。先哲がよく「文の当面」とか「文の当分」といわれていたことを「文の当面どおりの読み」といい、略して「当面読み」といっているわけです。蓮如上人が「聖教は句面のごとくこころうべし」といわれたものに当たります。「当面」とは、「目の前に存在すること」で、文面に見えているままということです。「当分」とは天台学などで、跨節<ref>跨節(かせつ)。経文を判釈する際の一つの基準節を跨(また)ぐということで、一歩深い義のことをいふ。</ref>に対する言葉として用いられ、文面に見えているままの法義のことをいいます。それに対して、文面には直接表われていないが、法義のうえから文面を超えて(跨いで)解釈することを跨節というのです。<br />
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 「当面読み」とは、あまり聞きなれない言葉ですが、お聖教を文面どおりに読むことです。先哲がよく「文の当面」とか「文の当分」といわれていたことを「文の当面どおりの読み」といい、略して「当面読み」といっているわけです。蓮如上人が「聖教は句面のごとくこころうべし」といわれたものに当たります。「当面」とは、「目の前に存在すること」で、文面に見えているままということです。「当分」とは天台学などで、跨節<ref>跨節(かせつ)。経文を判釈する際の一つの基準。節を跨(また)ぐということで、一歩深い義のことをいふ。</ref>に対する言葉として用いられ、文面に見えているままの法義のことをいいます。それに対して、文面には直接表われていないが、法義のうえから文面を超えて(跨いで)解釈することを跨節というのです。<br />
 
 七高僧のお聖教になぜ「当面読み」が必要であったかといいますと、親鸞聖人が、『教行証文類』などに七高僧のお聖教(漢文)をご引用になるときに、しばしば文章の当分とは違った読み方をされていたからです。もちろんそれは決して聖人の恣意に依るものではなく、深遠な信心の智慧をもって、阿弥陀如来の本願の文脈に遵い、祖師方のご本意をお見通しになったうえでの読み替えでした。しかし少なくとも漢文の常識を超え、また原文の文脈をこえた読み方(訓点)が随所になされているわけです。実はそこにこそ、他の追随を許さない「浄土真宗の宗祖」としての親鸞聖人の面目があるわけです。<br />
 
 七高僧のお聖教になぜ「当面読み」が必要であったかといいますと、親鸞聖人が、『教行証文類』などに七高僧のお聖教(漢文)をご引用になるときに、しばしば文章の当分とは違った読み方をされていたからです。もちろんそれは決して聖人の恣意に依るものではなく、深遠な信心の智慧をもって、阿弥陀如来の本願の文脈に遵い、祖師方のご本意をお見通しになったうえでの読み替えでした。しかし少なくとも漢文の常識を超え、また原文の文脈をこえた読み方(訓点)が随所になされているわけです。実はそこにこそ、他の追随を許さない「浄土真宗の宗祖」としての親鸞聖人の面目があるわけです。<br />
  

2018年12月1日 (土) 09:54時点における版

「註釈版聖典七祖篇」を読む

七祖聖教の「当面読み」について  浄土真宗聖典編纂委員会

 このたび教学研究所の浄土真宗聖典編纂委員会より、『註釈版聖典七祖篇』が刊行されました。さきに出版された『原典版聖典七祖篇』に基づいて、くわしい註釈を施したものです。そこでこの『註釈版聖典七祖篇』の特色を解説するにさきだって、『原典版聖典七祖篇』の特徴である「当面読み」と私どもが呼んでいる読み方についてまず触れておきたいと思います。
 「当面読み」とは、あまり聞きなれない言葉ですが、お聖教を文面どおりに読むことです。先哲がよく「文の当面」とか「文の当分」といわれていたことを「文の当面どおりの読み」といい、略して「当面読み」といっているわけです。蓮如上人が「聖教は句面のごとくこころうべし」といわれたものに当たります。「当面」とは、「目の前に存在すること」で、文面に見えているままということです。「当分」とは天台学などで、跨節[1]に対する言葉として用いられ、文面に見えているままの法義のことをいいます。それに対して、文面には直接表われていないが、法義のうえから文面を超えて(跨いで)解釈することを跨節というのです。
 七高僧のお聖教になぜ「当面読み」が必要であったかといいますと、親鸞聖人が、『教行証文類』などに七高僧のお聖教(漢文)をご引用になるときに、しばしば文章の当分とは違った読み方をされていたからです。もちろんそれは決して聖人の恣意に依るものではなく、深遠な信心の智慧をもって、阿弥陀如来の本願の文脈に遵い、祖師方のご本意をお見通しになったうえでの読み替えでした。しかし少なくとも漢文の常識を超え、また原文の文脈をこえた読み方(訓点)が随所になされているわけです。実はそこにこそ、他の追随を許さない「浄土真宗の宗祖」としての親鸞聖人の面目があるわけです。

 しかしもし、親鸞聖人がおつけになったままの訓点をもって七祖のお聖教を拝読しますと、いくつかの問題が出てきます。第一には、親鸞聖人が言われることは、すでに七高僧がすべていわれていたことであって、聖人の独自性は何もないことになり、聖人のみ教えの特徴も、聖人のご苦労もかえって見えなくなるということです。聖人はつねに「愚禿すすむるところさらに私なし」と仰せられていたと言われています。たしかに、聖人は、仏祖のみ教えに素直に信順するという姿勢に終始されていました。しかしまた、そのようにして仏祖のみ教えによって育てられた智慧の眼(択法眼)によって、私どもには読みとれない仏祖の真実義を見抜き、開示するという偉業を達成されたのでした。七高僧がいわれていることを、ただ鸚鵡返しのようにいわれたと見るならば、かえって親鸞聖人の独自性(ご己証)がかくれてしまい、浄土真宗の宗祖としての面目が薄れてしまいます。

 第二に、親鸞聖人の訓点をもって、七高僧の聖教を読みかえるならば、お一人お一人の独自性が見えにくくなります。たとえば曇鸞大師は、天親菩薩の『浄土論』を註釈して。『論註』を著されたのですが、それはただの註釈書ではなくて、私どもが読んでも決して読みとることのできない深い義理を『浄土論』の中に読みとって開顕されていました。ところがその『論註』に示されてはいたが、誰もその重要性に気づかなかった「他利利他の深義」を見抜いて、『論註』の上に大悲往還の回向を読みとられたのが親鸞聖人でした。また法然聖人は、「偏に善導一師による」といって、善導大師のみ教えの通りに伝承したと仰せられていますが、実際に善導大師のお聖教と、法然聖人の『選択集』をはじめとする多くの法語を比べてみますと、随分違った法門の発揮が見られます。その法然聖人が『選択集』にご引用になっている善導大師の『観経疏』の文章の読み方と、同じ文章を親鸞聖人が『教行証文類』に引用されたときの読み方とでは、大きな違いのあることがわかります。そういうこともあって浄土宗(鎮西派)の学者たちは、「親鸞は、廃師自立(師匠に背いて勝手に自分の義を立てた異端者)である」と非難したものでした。

 しかしそんな宗派的な感情論は別として、七高僧のお聖教を子細に拝読すると、曇鸞大師にせよ、道綽禅師にせよ、善導大師にせよ、法然聖人にせよ、お一人お一人がそれぞれ画期的な浄土教学を展開されていたことがわかります。そうした七高僧の独自性は、まず祖師方のお聖教を正確に拝読することによってのみ知ることができます。そして、さらに親鸞聖人のご指南を受けるときはじめて、祖師方のお聖教を一貫している深義を領解することもでき、また、浄土真宗の伝統の祖師としてこの七人を選び取られた親鸞聖人の卓越した七祖観を知ることもできるわけです。

 第三に、『教行証文類』のような漢文の聖教のなかで独自の訓点をつけて引用された場合には、原文と、聖人の訓点との違いがよく分かり、七高僧の原文と比較して、聖人のみ教えの独自性を確認できるという重層的な読み方が可能です。逆に七祖聖教の漢文に、聖人の訓点をつけた場合も、重層的に読むことは出来ます。しかし『註釈版聖典七祖篇』のように訓読の書き下し文だけを掲載する場合や、とくに現代語に訳した場合には事情が変わります。そして『原典版聖典七祖篇』はそこまで見越した編纂だったわけです。
 たとえば『論註』下巻の「起観生信章」に示された五念門は、原文は願生行者のなすべき行として明かされています。聖人も「信文類」で第二讃嘆門の釈文を引用されるときは、願生者のなすべき讃嘆行(称名)として明かされていました。ところが、第五回向門の釈文を引用されるときには、阿弥陀仏の回向とみる訓点をつけられています。すなわち当面読みならば、

 云何が廻向する。一切苦悩の衆生を捨てずして、心に常に作願し、廻向を首と為す。大悲心を成就することを得むとするが故なり。廻向に二種の相有り。一には往相、二には還相なり。往相とは、己が功徳を以て一切衆生に廻施して、共に彼の阿弥陀如来の安楽浄土に往生せむと作願するなり。還相とは、彼の土に生じ已りて、奢摩他・毘婆舎那を得、方便力成就すれば、生死の稠林に廻人して一切衆生を教化して、共に仏道に向かふなり。もしは往、もしは還、皆衆生を抜さて生死海を渡せむが為なり。是の故に「廻向為首得成就大悲心故」と言へり。(『原典版聖典 七祖篇』 一二一頁)

と読むべき文章なのです。ところが「信文類」(「行文類」や、三経往生文類』も)の引文は、

 「いかんが回向したまへる。一切苦悩の衆生を捨てずして、心につねに作願すらく、回向を首として大悲心を成就することを得たまへるがゆゑに」とのたまへり。回向に二種の相あり。一つには往相、二つには還相なり。往相とは、おのれが功徳をもって一切衆生に回施したまひて、作願してともにかの阿弥陀如来の安楽浄土に往生せしめたまふなり。還相とは、かの土に生じをはりて、奢摩他毘婆舎那方便力成就することを得て、生死の稠林に回人して、一切衆生を教化して、ともに仏道に向らしめたまふなり。もしは往、もしは還、みな衆生を抜いて生死海を渡せんがためにしたまへり。このゆゑに回向為首得成就大悲心故」とのたまへり」(『註釈版聖典』二四二頁)

となっています。ここで「回向したまふ」とか「回施したまふ」とか「往生せしめたまふ」と敬語を使われているのは、回向の主体を願生行者ではなくて阿弥陀仏(法蔵菩薩)とみなされたからです。しかし回向門だけを如来の回向として、主体を変えて『浄土論』や「論註」を読むならば文脈が乱れてしまいます。また五念門の主体をすべて阿弥陀仏(法蔵菩薩)とみなして、『浄土論』や『論註』の文章を拝読するならば、法蔵菩薩が阿弥陀仏を礼拝し、讃嘆し、阿弥陀仏の浄土を願生し、観察するという奇妙な文章になってしまいます。そこで『浄土論』や『論註』の文章は、文面通りに読まなければならないわけです。そもそも親鸞聖人が、「願力成就の五念門」といわれたのは、「義によって語に依らず」という立場での釈顕であって、文章の表面的な読み方の問題ではなかったわけです。

 第四に、『教行証文類』のように、本願力回向の思想に立脚して著されている書物のなかで、その引用文が如来回向を顕す文章として読み下されても、現代語に訳されていても少しも違和感はありません。しかし『浄土論』や『論註』の中で、ある部分だけを本願力回向を表す文として読み下しますと、前後の文章とつながらなくなる恐れがでてきます。「散善義」の三心釈について、聖人が真実と方便とに読み分けられた場合も同じようなことがいえます。ことに至誠心釈の独自の読み方は、法然聖人の示唆を受けられたに違いありませんが、まぎれもなく親鸞聖人のご己証でした。

 こうした理由から七祖聖教は「当面読み」をおこない、親鸞聖人が法義を発揮するためにつけられた独自の訓点と区別することになったのです。これによって、七高僧のそれぞれの教学を正確に学ぶことができると同時に、親鸞聖人のご己証もまた明確に学びとることができるわけです。そのような学習の便宜を図るために「原典版聖典七祖篇」では、親鸞聖人の独自の訓点を巻末に一括して掲載し、七祖の聖教の該当部分との比較ができるようになっています。このたびの『註釈版聖典七祖篇』では、もっと簡単に比較できるように。「脚註」に親鸞聖人の訓点が記載されています。
(梯 實圓)


  • この文章は、今はもう西方仏国の住人となられてしまった近藤智史さんが入力したものを掲載しています。

  1. 跨節(かせつ)。経文を判釈する際の一つの基準。節を跨(また)ぐということで、一歩深い義のことをいふ。