難思の弘誓
出典: 浄土真宗聖典『ウィキアーカイブ(WikiArc)』
なんじのぐぜい
出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
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難思と無礙の文は対偶の対句になっており、一体の意味をあらわそうとされたのであろう。
- 難思弘誓 度難度海大船
- 無礙光明 破無明闇恵日
『六要』では、難思と無礙の語は、十二光の中の難思光・無礙光からとられた言葉であり阿弥陀如来の徳を讃嘆する意とされている。
『弥陀如来名号徳』には、「難思光仏と申すは、この弥陀如来のひかりの徳をば、釈迦如来も御こころおよばずと説きたまへり。こころのおよばぬゆゑに難思光仏といふなり 」と、あり、「無碍光といふは……ものにさへられずしてよろづの有情を照らしたまふゆゑに、無碍光仏と申すなり。有情の煩悩悪業のこころにさへられずましますによりて、無碍光仏と申すなり」とある。
なお、第十八願文は「設我得仏 十方衆生」から読めば衆生への《願い》であり、「若不生者 不取正覚」からみれば生仏一如の《誓い》である。これを誓願という。