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一音を…悟る

出典: 浄土真宗聖典『ウィキアーカイブ(WikiArc)』

2019年12月13日 (金) 14:02時点における林遊 (トーク | 投稿記録)による版

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いっとん…さとる

 仏の教えは本来ただ一つであるのに、衆生はそれぞれの素質能力に応じてさとるという意。『維摩経(ゆいま-ぎょう)』 「仏国品」 等に出る。 (法事讃 P.549)

出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社

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外部リンク

維摩詰所説經

佛以一音演説法 衆生隨類各得解
仏、一音を以って、法を演説したもうに、衆生、類に随いておのおの解することを得、
皆謂世尊同其語 斯則神力不共法
みな世尊は、その語を同じくしたもうと謂(おも)う。これすなわち神力不共法なり。
佛以一音演説法 衆生各各隨所解
仏、一音を以って、法を演説したもうに、衆生おのおの解する所に随いて、
普得受行獲其利 斯則神力不共法
あまねく受行を得て、その利を獲。これすなわち、神力不共法なり。
佛以一音演説法 或有恐畏或歡喜
仏、一音を以って、法を演説したもうに、あるいは恐畏あり、あるいは歓喜し、
或生厭離或斷疑 斯則神力不共法
あるいは厭離し、あるいは疑いを断ず。これすなわち、神力不共の法なり。