慚愧
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ざんぎ
罪を恥じること。
Ⅰ 慚は自ら罪をつくらないこと。愧は他人に罪をつくらせないようにすること。
Ⅱ 慚は心に自らの罪を恥じること。愧は他人に自らの罪を告白して恥じ、そのゆるしを請うこと。
Ⅲ 慚は人に恥じ、愧は天に恥じること。
Ⅳ 慚は他人の徳を敬い、愧は自らの罪をおそれ恥じること。
出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
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御開山が引文された『涅槃経』には、
- 二つの白法あり、よく衆生を救く。
- 一つには慚、二つには愧なり。慚はみづから罪を作らず、愧は他を教へてなさしめず。慚は内にみづから羞恥す、愧は発露して人に向かふ。慚は人に羞づ、愧は天に羞づ。これを慚愧と名づく。
- 無慚愧は名づけて人とせず、名づけて畜生とす。慚愧あるがゆゑに、すなはちよく父母・師長を恭敬す。慚愧あるがゆゑに、父母・兄弟・姉妹あることを説く。(信巻 P.275)
とある。