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不了仏智

出典: 浄土真宗聖典『ウィキアーカイブ(WikiArc)』

2020年8月11日 (火) 14:33時点における林遊 (トーク | 投稿記録)による版

ふりょうぶっち

 仏の智慧を明らかにさとらないこと。了は明らかに知るという意。(正像 P.610)

出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社

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ふりょうぶっち 不了仏智

 阿弥陀仏五智を信じないこと。明信仏智に対する語。『大経』に

「仏智・不思議智・不可称智・大乗広智・無等無倫最上勝智を了らずして、この諸智において疑惑して信ぜず (不了仏智不思議智不可称智大乗広智無等無倫最上勝智於此諸智疑惑不信)」(註 76

と説かれている。親鸞は本願を疑惑する自力の行者のすがたを表したものとし、この文を「化身土巻」に引用している。また、『正像末和讃』にも

「不了仏智のしるしには 如来の諸智を疑惑して 罪福信じ善本を たのめば辺地にとまるなり」註 610

とある。→胎生、→五智。(浄土真宗辞典)