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不了仏智

出典: 浄土真宗聖典『ウィキアーカイブ(WikiArc)』

2021年12月22日 (水) 01:30時点における林遊 (トーク | 投稿記録)による版

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ふりょうぶっち

 仏の智慧を明らかにさとらないこと。了は明らかに知るという意。(正像 P.610)

出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社

区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。

ふりょうぶっち 不了仏智

 阿弥陀仏五智を信じないこと。明信仏智に対する語。『大経』に

「仏智・不思議智・不可称智・大乗広智・無等無倫最上勝智を了(さと)らずして、この諸智において疑惑して信ぜず (不了仏智 不思議智 不可称智 大乗広智 無等無倫最上勝智 於此諸智疑惑不信)」(註 76

と説かれている。親鸞は本願を疑惑する自力の行者のすがたを表したものとし、この文を「化身土巻」に引用している。また、『正像末和讃』にも

「不了仏智のしるしには
 如来の諸智を疑惑して
 罪福信じ善本を 
 たのめば辺地にとまるなり」 (註 610)

とある。→胎生、→五智。(浄土真宗辞典)