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「称名正因」の版間の差分

出典: 浄土真宗聖典『ウィキアーカイブ(WikiArc)』

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と、「称名の本願」とされておられた。また御開山は『尊号真像銘文』では、法然聖人の「日本源空聖人真影」には、
 
と、「称名の本願」とされておられた。また御開山は『尊号真像銘文』では、法然聖人の「日本源空聖人真影」には、
 
:『選択本願念仏集』といふは、聖人(法然聖人)の御製作なり。「[[南無阿弥陀仏]] [[往生之業念仏為本]]」といふは、安養浄土の'''往生の正因'''は'''[[念仏]]'''を本とすと申す御ことなりとしるべし。[[正因]]といふは、浄土に生れて仏にかならず成る'''[[たね]]'''と申すなり。([[尊号真像銘文#P--663|尊号 P.663]])
 
:『選択本願念仏集』といふは、聖人(法然聖人)の御製作なり。「[[南無阿弥陀仏]] [[往生之業念仏為本]]」といふは、安養浄土の'''往生の正因'''は'''[[念仏]]'''を本とすと申す御ことなりとしるべし。[[正因]]といふは、浄土に生れて仏にかならず成る'''[[たね]]'''と申すなり。([[尊号真像銘文#P--663|尊号 P.663]])
 
と、なんまんだぶと称えることは往生浄土の正因であり種であるとされておられた。<br />
 
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覚如上人以降の本願寺では、[[信心]]を強調して称功を否定するあまり[[讃嘆門]]としての[[称名]]を能行は自力であると否定してきた歴史的背景がある。特に本願寺八代目蓮如さんは[[JWP:応仁の乱|応仁の乱]]といふ混乱の時代に生をうけた方であり、それはまた、浄土教の教義混乱の時代であった。このような時代環境の中で、浄土教の他流、他派との{{DotUL|違いを強調する論理が「信因称報説」であった}}のである。もっとも蓮如さんには「信因称報説」を説くといふ意思はなく、後年の学僧が蓮如さんの'''[[御文章|お文]]'''の文意から「信心正因 称名報恩」が「蓮如教学」の中核だといふ思想から出来たのが、キリスト教風の人格神へ対する「信のみ・恩寵のみ・聖書のみ」といふ名号法といふ[[仏法]]を等閑にした「法」無しの[[信心]]だけを説く信心論であろう。<br />
 
覚如上人以降の本願寺では、[[信心]]を強調して称功を否定するあまり[[讃嘆門]]としての[[称名]]を能行は自力であると否定してきた歴史的背景がある。特に本願寺八代目蓮如さんは[[JWP:応仁の乱|応仁の乱]]といふ混乱の時代に生をうけた方であり、それはまた、浄土教の教義混乱の時代であった。このような時代環境の中で、浄土教の他流、他派との{{DotUL|違いを強調する論理が「信因称報説」であった}}のである。もっとも蓮如さんには「信因称報説」を説くといふ意思はなく、後年の学僧が蓮如さんの'''[[御文章|お文]]'''の文意から「信心正因 称名報恩」が「蓮如教学」の中核だといふ思想から出来たのが、キリスト教風の人格神へ対する「信のみ・恩寵のみ・聖書のみ」といふ名号法といふ[[仏法]]を等閑にした「法」無しの[[信心]]だけを説く信心論であろう。<br />
「信因称報説」は、ある意味では、御開山の視点からみれば仏法の行[[法]]である'''[[正定業]]'''を無視した「単信無称」の[[異安心]]なのだが、こういふ輩は「[[本願招喚の勅命]]」である、「[[垂名示形]]」である称えられるご法義を知らないのであろう。
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「信因称報説」のみでご法義を論ずることは、ある意味では、御開山の視点からみれば仏法の行[[法]]である'''[[正定業]]'''を無視した「単信無称」の[[異安心]]なのだが、こういふ輩は「[[本願招喚の勅命]]」である、「[[垂名示形]]」である称えられるご法義を知らないのであろう。
  
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2020年9月6日 (日) 03:41時点における版

しょうみょう-しょういん 

称名正因

 行者の口業である称名念仏を往生成仏の正因とする理解。口称正因の邪義などともいい、真宗では異安心とされる。その中でも信心の有無を論じないものを無信単称という。 →信心正因称名報恩

『唯信鈔文意』には、称名について、

『阿弥陀経』の証誠護念のありさまにてあきらかなり。証誠護念の御こころは『大経』にもあらはれたり。また称名の本願は選択の正因たること、この悲願にあらはれたり。この文のこころはおもふほどは申さず、これにておしはからせたまふべし。(唯文 P.703)

と、「称名の本願」とされておられた。また御開山は『尊号真像銘文』では、法然聖人の「日本源空聖人真影」には、

『選択本願念仏集』といふは、聖人(法然聖人)の御製作なり。「南無阿弥陀仏 往生之業念仏為本」といふは、安養浄土の往生の正因念仏を本とすと申す御ことなりとしるべし。正因といふは、浄土に生れて仏にかならず成るたねと申すなり。(尊号 P.663)

と、なんまんだぶと称えることは往生浄土の正因であり種であるとされておられた。
覚如上人以降の本願寺では、信心を強調して称功を否定するあまり讃嘆門としての称名を能行は自力であると否定してきた歴史的背景がある。特に本願寺八代目蓮如さんは応仁の乱といふ混乱の時代に生をうけた方であり、それはまた、浄土教の教義混乱の時代であった。このような時代環境の中で、浄土教の他流、他派との違いを強調する論理が「信因称報説」であったのである。もっとも蓮如さんには「信因称報説」を説くといふ意思はなく、後年の学僧が蓮如さんのお文の文意から「信心正因 称名報恩」が「蓮如教学」の中核だといふ思想から出来たのが、キリスト教風の人格神へ対する「信のみ・恩寵のみ・聖書のみ」といふ名号法といふ仏法を等閑にした「法」無しの信心だけを説く信心論であろう。
「信因称報説」のみでご法義を論ずることは、ある意味では、御開山の視点からみれば仏法の行である正定業を無視した「単信無称」の異安心なのだが、こういふ輩は「本願招喚の勅命」である、「垂名示形」である称えられるご法義を知らないのであろう。

垂名示形
信心正因
称名報恩
行信不離
称名の本願は…
トーク:蓮如
参照WEB版浄土宗大辞典の「称名正因」の項目