べっぽうのたい
衆生の各別の業からあらわれる各別の果報。すなわち衆生の身心を指して別報の体という。(証巻 P.323)
各別の果報。 人人各別に報われている正(しょう)報(ぼう)の果体をいう。 (論註 P.141)