哀愍摂受

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あいみん しょうじゅ

 【左訓】(異本)「あはれみたまへとなり。われらを受けたまへとなり」(正像 P.610)


 出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社)
 出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社)
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正像末史観によって、末法の救いは『無量寿経』流通分の以下の止住百歳の阿弥陀仏の本願しかないということ。

仏のたまはく、「われいまもろもろの衆生のためにこの経法を説きて、無量寿仏およびその国土の一切の所有を見せしむ。まさになすべきところのものは、みなこれを〔尋ね〕求むべし。わが滅度ののちをもつてまた疑惑を生ずることを得ることなかれ。当来の世に経道滅尽せんに、われ慈悲をもつて哀愍して、特にこの経を留めて止住すること百歳せん。