「誓願不思議」の版間の差分
出典: 浄土真宗聖典『ウィキアーカイブ(WikiArc)』
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2005年10月28日 (金) 21:52時点における最新版
せいがんふしぎ
阿弥陀仏の誓願は人間の思慮分別や議論をこえているので不思議という。→誓願 (浄土 P.555, 消息 P.761, 歎異抄 P.831)
出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。
さとりの世界は、仏と仏のみが相念するものであって、衆生には思いはかることのできないことを不思議という。オカルトや超常現象などのことをいうのではない。聖典とはそのような不可思議な、言語表現を超えた無分別智の領域をあえて言葉によって表現している世界である。