「無量清浄覚経に…」の版間の差分
出典: 浄土真宗聖典『ウィキアーカイブ(WikiArc)』
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又阿弥陀仏。与観世音大勢至。乗大願船。浮生死海。就此娑婆世界。呼喚衆生。令上大願船。送著西方。 | 又阿弥陀仏。与観世音大勢至。乗大願船。浮生死海。就此娑婆世界。呼喚衆生。令上大願船。送著西方。 |
2023年7月14日 (金) 02:12時点における最新版
むりょうしょうじょうがくきょう…
引用は『無量清浄平等覚経』 巻二の文にもとづいた
出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。
迦才の『浄土論』 巻下の文(*)。御開山の乗船譬喩を思わせる文。
又阿弥陀仏。与観世音大勢至。乗大願船。浮生死海。就此娑婆世界。呼喚衆生。令上大願船。送著西方。
- また、阿弥陀仏、観世音・大勢至と、大願の船に乗りて生死の海に汎(浮)びて、この娑婆世界につきて、衆生を呼喚して大願の船に上せて、西方に送り着けしめたまふ。
若衆生有上大願船者。並皆得去。此是易往也。
- もし衆生の、あへて大願の船に上らば、ならびにみな去ることを得。 これはこれ往きやすきなり。