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出典: 浄土真宗聖典『ウィキアーカイブ(WikiArc)』

 
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;欣浄と厭穢
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'''欣浄と厭穢'''(ごんじょうとえんね)
*梯實圓和上著『聖典セミナー 教行信証』「信巻」p.36
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*梯實圓和上著 聖典セミナー『教行信証』「信巻」p.36
 
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「浄邦を欣う徒衆」とは、愛憎の煩悩を超えて涅槃の浄土を願う人びとということであり、「穢域を厭ふ庶類」とは、煩悩と業苦に満ちたこの穢土を厭う人びとよと、同心の行者に呼びかけられた言葉です。
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「浄邦を欣う徒衆」([[信巻本#P--209|信巻 P.209]]) とは、愛憎の煩悩を超えて涅槃の浄土を願う人びとということであり、「穢域を厭ふ庶類」([[信巻本#P--209|信巻 P.209]]) とは、煩悩と業苦に満ちたこの穢土を厭う人びとよと、同心の行者に呼びかけられた言葉です。
『観無量寿経』や『往生要集』では、<kana>厭離穢土(えんり-えど)</kana>・<kana>欣求浄土(ごんぐ-じょうど)</kana>(穢土を厭い離れ、浄土を欣い求める)という「厭離の次第」になっています。ところがここでは、<kana>欣浄(ごんじょう)</kana>、<kana>厭穢(えんね)</kana>(情を欣い。穢を厭う)と反対になっています。それについて親鸞聖人は『愚禿鈔』下(『註釈版聖典』[[愚禿下#P--520|五二〇頁]])に、聖道門と浄土門とを対比するときは、難行道(聖道門)は「厭離をもって本とす、自力の心なるがゆゑなり」といい、易行道(浄土門)の教は、「欣求をもつて本とす、なにをもつてのゆゑに、願力によりて生死を厭捨せしむるがゆゑなり」といわれています。<br />
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『観無量寿経』や『往生要集』では、<kana>厭離穢土(えんり-えど)</kana>・<kana>欣求浄土(ごんぐ-じょうど)</kana>(穢土を厭い離れ、浄土を欣い求める)という「厭離の次第」になっています<ref>『観経』では厭苦縁、欣浄縁、『往生要集』では厭離穢土、欣求浄土の次第となっている。</ref>。  ところがここでは、<kana>欣浄(ごんじょう)</kana>、<kana>厭穢(えんね)</kana>(情を欣い。穢を厭う)と反対になっています。それについて親鸞聖人は『愚禿鈔』下(『註釈版聖典』[[愚禿下#P--520|五二〇頁]])に、聖道門と浄土門とを対比するときは、難行道(聖道門)は「厭離をもって本とす、自力の心なるがゆゑなり」といい、易行道(浄土門)の教は、「欣求をもつて本とす、なにをもつてのゆゑに、願力によりて生死を厭捨せしむるがゆゑなり」といわれています。<br />
 
これによって、親鸞聖人は、聖道門は厭離を先にし、欣求を後にする厭欣の次第で表されるような法義であり、浄土門は欣求をを先にし、厭離を後にする欣厭の次第で表されるような法義であると見られていることがわかります。これが親鸞聖人の基本的な厭欣観であったと見るべきでしょう。<br />
 
これによって、親鸞聖人は、聖道門は厭離を先にし、欣求を後にする厭欣の次第で表されるような法義であり、浄土門は欣求をを先にし、厭離を後にする欣厭の次第で表されるような法義であると見られていることがわかります。これが親鸞聖人の基本的な厭欣観であったと見るべきでしょう。<br />
 
煩悩を厭うてさとりを求めるという、厭欣の次第で法門を説くことができるのは、その対象が自力聖道の修行に耐えられるほどの賢者だからです。{{DotUL|凡愚は煩悩を厭い離れる心をおこすこともできず、浄土を欣い求める心もおこせないものです}}。すなわちまず浄土の尊いことを知らされて初めて、穢土の醜さと悲しさに気づくような存在ですから、浄土門は、欣求を先とし厭離を後にする説き方がふさわしいといわれるのです。
 
煩悩を厭うてさとりを求めるという、厭欣の次第で法門を説くことができるのは、その対象が自力聖道の修行に耐えられるほどの賢者だからです。{{DotUL|凡愚は煩悩を厭い離れる心をおこすこともできず、浄土を欣い求める心もおこせないものです}}。すなわちまず浄土の尊いことを知らされて初めて、穢土の醜さと悲しさに気づくような存在ですから、浄土門は、欣求を先とし厭離を後にする説き方がふさわしいといわれるのです。
  
もっとも、このように聖道門と浄土門とを、厭欣次第か、欣厭次第かで分けるのは、法門の分斉を水際だてて分類する場合です。
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もっとも、このように聖道門と浄土門とを、厭欣次第か、欣厭次第かで分けるのは、法門の分斉を水際だてて分類する場合です。(聖典セミナー『教行信証』「信巻」)
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:次に欲生といふは、すなはちこれ如来、諸有の群生を招喚したまふの勅命なり。([[信巻本#no39|信巻 P.241]])
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2018年3月20日 (火) 09:20時点における最新版

欣浄と厭穢(ごんじょうとえんね)

  • 梯實圓和上著 聖典セミナー『教行信証』「信巻」p.36

「浄邦を欣う徒衆」(信巻 P.209) とは、愛憎の煩悩を超えて涅槃の浄土を願う人びとということであり、「穢域を厭ふ庶類」(信巻 P.209) とは、煩悩と業苦に満ちたこの穢土を厭う人びとよと、同心の行者に呼びかけられた言葉です。 『観無量寿経』や『往生要集』では、厭離穢土(えんり-えど)欣求浄土(ごんぐ-じょうど)(穢土を厭い離れ、浄土を欣い求める)という「厭離の次第」になっています[1]。 ところがここでは、欣浄(ごんじょう)厭穢(えんね)(情を欣い。穢を厭う)と反対になっています。それについて親鸞聖人は『愚禿鈔』下(『註釈版聖典』五二〇頁)に、聖道門と浄土門とを対比するときは、難行道(聖道門)は「厭離をもって本とす、自力の心なるがゆゑなり」といい、易行道(浄土門)の教は、「欣求をもつて本とす、なにをもつてのゆゑに、願力によりて生死を厭捨せしむるがゆゑなり」といわれています。
これによって、親鸞聖人は、聖道門は厭離を先にし、欣求を後にする厭欣の次第で表されるような法義であり、浄土門は欣求をを先にし、厭離を後にする欣厭の次第で表されるような法義であると見られていることがわかります。これが親鸞聖人の基本的な厭欣観であったと見るべきでしょう。
煩悩を厭うてさとりを求めるという、厭欣の次第で法門を説くことができるのは、その対象が自力聖道の修行に耐えられるほどの賢者だからです。凡愚は煩悩を厭い離れる心をおこすこともできず、浄土を欣い求める心もおこせないものです。すなわちまず浄土の尊いことを知らされて初めて、穢土の醜さと悲しさに気づくような存在ですから、浄土門は、欣求を先とし厭離を後にする説き方がふさわしいといわれるのです。

もっとも、このように聖道門と浄土門とを、厭欣次第か、欣厭次第かで分けるのは、法門の分斉を水際だてて分類する場合です。(聖典セミナー『教行信証』「信巻」)

御開山が欲生釈に、

次に欲生といふは、すなはちこれ如来、諸有の群生を招喚したまふの勅命なり。(信巻 P.241)

と、招喚の勅命とされていたのは、願うべき浄土も知らない林遊に欣求すべき浄土を 示して下さったのである。

なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ


  1. 『観経』では厭苦縁、欣浄縁、『往生要集』では厭離穢土、欣求浄土の次第となっている。