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「己身の弥陀唯心の浄土」の版間の差分

出典: 浄土真宗聖典『ウィキアーカイブ(WikiArc)』

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こしんのみだ ゆいしんのじょうど
 
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 阿弥陀仏も極楽浄土も共に、自己の身心のうちに本具する性徳であるという意で、華厳・天台・禅宗等の聖道門の説。([[改邪鈔#P--941|改邪鈔 P.941]])
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 阿弥陀仏も極楽浄土も共に、自己の身心のうちに本具する[[性徳]]であるという意で、華厳・天台・禅宗等の聖道門の説。([[改邪鈔#P--941|改邪鈔 P.941]])
  
 
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2018年5月1日 (火) 19:20時点における版

こしんのみだ ゆいしんのじょうど

 阿弥陀仏も極楽浄土も共に、自己の身心のうちに本具する性徳であるという意で、華厳・天台・禅宗等の聖道門の説。(改邪鈔 P.941)

出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社

区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。

唯心の弥陀、己心の浄土ともいう。→自性唯心