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醍醐本法然上人伝記

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大正6年に醍醐寺三宝院で発見された『法然上人伝記』、通称、醍醐本である。勢観房源智上人(1183-1238)が書き記されたといわれる。源智上人は、13歳のとき法然聖人の室に入り、常時随従して秘書的役割を担ったといわれる。また、法然聖人の最晩年の念仏の領解を述べられた、『一枚起請文』を授けられている。


醍醐本法然上人伝記

 法然上人伝記    三宝院

法然上人伝記

     附一期物語 見聞出勢観房
(1)

或時物語云。幼少登山。

ある時の物語に云く。幼少にして登山す。

十七年亘(閲)六十巻、十八年乞暇遁世。

十七の年に六十巻を閲し、十八の年、暇を乞い遁世す。

是偏絶名利望、一向為学仏法也。

これひとえに名利の望を絶ち、一向に仏法を学ばんがためなり。

自爾以来四十余年習学天台一宗、粗得一宗大意。

これより以来、四十余年天台一宗を習学して、ほぼ一宗の大意を得たり。

我性者、雖大巻書三反(三遍)見之者、不闇于文義分明也。

我が性は、大巻の書といえども、みたびこれを見て、闇からず文義分明なり。

雖然以十年二十年功不能知一宗大綱。

しかれども、十年二十年の功を以って一宗の大綱を知ることあたわず。

然闚諸宗教相、聊知顕密諸教八宗之外加仏心宗亘九宗。

しかるに諸宗の教相を闚いて、いささか顕密の諸教を知ること、八宗の外に仏心宗を加え九宗にわたる。

其中適有先達者往而決之、面面蒙印可。

その中に、たまたま先達あらば往いてこれを決し、面面に印可をこうむる。

当初醍醐有三論先達。

当初に醍醐に三論の先達あり。

往彼述所存、先達惣不言。

かしこに往て所存を述ぶ、先達そうじて不言。

説(起)而入内(室)、取出文櫃十余合云。

起ちて室にいり、文櫃十余合を取り出して云く。

於我法門無可付属之人、(公)已達此法門給、悉奉付属之。

我が法門において付属すべきの人なし。公、はなはだこの法門に達したまえり。ことごとくこれを付属したてまつらん。

称美讃嘆(讃歎)傍痛程也。進士入道阿性房同道聞之。云々。

称美讃嘆、傍にて痛いほどなり。進士入道阿性房、同道してこれを聞く。

又往蔵俊僧都許、談法相宗法門之時、蔵俊云。非直人、恐大権化現歟

また蔵俊僧都のもとへ往て、法相宗の法門談ぜんとき、蔵俊云。ただ人に非ず、おそらく大権の化現か。

雖奉値昔論主、不可過之覚程也。

昔の論主に値い奉つるといえども、これに過ぐべからずと覚ゆる程なり。

智恵(智慧)深達事、言語道断。

智恵深達なる事、言語道断せり。

我一期有思延供養志。云々

われ一期、供養をのべんと思う志ありと云々。

其後毎年送供物已果願望。

その後、毎年に供物を送りてすでに願望をはたす。

凡毎値先達、皆被称嘆(称歎)。

おおよそ先達に値うごとに、みな称嘆せらる。

(2)
惣吾期(朝)所来到聖教、乃至伝記目録無不一見。

すべてわが朝に、来到するところの聖教、ないし伝記目録、一見せざることなし。

爰煩出離道、身心不安、抑恵心先徳(慧心先徳)造往生要集、勧濁世末代道俗、就之欲尋出離之趣、先序云。

ここに出離の道に煩い、身心やすからず、そもそも恵心の先徳、『往生要集』をつくりて濁世末代の道俗にすすむ、これに就いて出離の趣を尋ねんと欲うに、まず序に云。

「往生極楽之教行、濁世末代之目足也。道俗貴賤誰不帰者。 但顕密教法其文非一、事理業因其行多、利智精進之人未難、如予頑魯之者豈敢矣。是故依念仏一門、聊集経論要文。披之修之、易覚易行」[1]、云々。

それ往生極楽の教行は、濁世末代の目足なり。 道俗貴賤、たれか帰せざるものあらん。 ただし顕密の教法、その文、一にあらず。 事理の業因、その行これ多し。 利智精進の人は、いまだ難しとなさず。 予がごとき頑魯のもの、あにあへてせんや。 このゆゑに、念仏の一門によりて、いささか経論の要文を集む。 これを披きこれを修するに、覚りやすく行じやすしと、云々

序者略言述一部奥旨。

序は略して一部の奥旨の述ぶという。

此集已依念仏云事顕然也。

この集すでに念仏に依るという事顕然なり。

但念仏相貌未委者入文採之、此集立十門。

ただ念仏の相貌、いまだくわしからざれば、文に入りてこれを採るに、この集、十門を立つ。

第一第二第三門是非行体者暫置之。

第一、第二、第三門これ(念仏の)行体にあらざればこれを暫く置く。

其余五門是就念仏立之。

その余の五門はこれ念仏についてこれを立つ。

第九諸行往生門、是任行者意楽一旦雖明之、更無慇懃丁寧勧進。

第九諸行往生門、これ行者の意楽にまかせて一旦これを明かすといえども、更に慇懃丁寧な勧進無し。

第十門是問答料簡又非行体。就念仏五門料簡之。

第十門はこれ問答料簡なればまた行体にあらず。念仏の五門についてこれを料簡す。

第四是正修念仏也。以此為念仏体。

第四はこれ正修念仏なり。これを以って念仏の体となす。

第五是助念方法也。

第五はこれ助念の方法なり。

以念仏為所助、以此門為能助。

念仏を以って所助となし、この門を持って能助となす。

故念仏為本意也。

かるがゆえに念仏を本意となすなり。

第六別時念仏也、長時勤行不能勇進者。

第六、別時念仏なり、長時の勤行は勇進するにあたわざる者。

限日数勤上念仏也、更非別体。

日数を限りて上の念仏を勤むなり、さらに別体にあらず。

第七是念仏利益也、為勧上念仏勘利益文挙之。

第七、これ念仏の利益なり、上の念仏を勧めんがために利益の文を勘えてこれを挙ぐ。

第八是念仏証拠也、本意在念仏云事又顕然也。

第八は、これ念仏証拠なり、本意念仏にありという事、また顕然なり。

但付正修念仏、有種種念仏。

ただ正修念仏ついて、種種の念仏あり。

初心観行不堪深奥者、教色相観。

初心の観行は深奥に堪えざれば、色相を観ぜしむ。

色相観中有別相観、有惣相観、有雑略観、有極略観、又有称名。

色相観の中に別相観あり、惣相観あり、雑略観あり、極略観あり、また称名あり。

其中慇懃勧進之言唯在称名之段。

この中、慇懃にこれを勧進の言はただ称名の段に在り。

於五念門雖名正修念仏、作願廻向(回向)是非行体、礼拝讃嘆(讃歎)又不如観察。

五念門において、正修念仏と名づくといえども作願廻向これ行体にあらず、礼拝讃嘆また観察もしからず。

観察中、於称名、丁寧勧之為本意云事顕然也。

観察中、称名において、丁寧にこれを勧むを本意となすという事、顕然なり。

但於百即百生行相者、已譲道綽善導釈、委不述之。

ただ、百即百生の行相においては、すでに道綽・善導の釈に譲り、くわしくこれを述べず。

是故往生要集為先達、而入浄土門、闚此宗奥旨。

このゆえに『往生要集』を先達となし、浄土門に入り、この宗の奥旨を闚うなり。

(3)
於善導二反(二遍)見之思往生難。

善導において二へんこれを見るに往生難しと思えり。

第三反度(第三遍度)得乱想凡夫、依称名行、可往生之道理。

第三反度に、乱想の凡夫、称名の行に依って、往生すべしの道理を得たり。

但於自身出離、已思定畢。

ただ自身の出離において、すでに思い定めおわんぬ。

為他人雖欲弘之、時機難叶故。

他人のためにこれを弘めんと欲すといえども、時機、かない難きゆえに。

(4)
煩而眠夢中、紫雲大聳覆日本国。

わずらいて(思い悩んで)眠る夢の中にて、紫雲大いにそびえて日本国に覆えり。

従雲中出無量光、従光中百宝色鳥飛散充満。

雲中より無量の光出でて、光中より百宝色の鳥飛散充満せり。

于時昇高山、忽奉値生身善導、従腰下者金色也。

その時(予)、高山に昇りてたちまちに生身の善導に値い奉る。腰より下は金色なり。

従腰上者如常人。

腰より上は常人のごとし。

高僧云。汝雖不肖身、弘専修念仏故、来汝前。

高僧云。汝、不肖の身たりといえども、専修念仏を弘むゆえに、汝の前に来たれり。

我是善導也。云々

我、これ善導なりと。云々

従其後弘此法、年年繁昌無不流布之境也。云々。

それより後、この法を弘む、年年繁昌して、流布せざるの境、無きなり。

(5)
或時物語云。従顕真座主御許遣使者云、登山次必遂見参有可申承之事、必令音信給。

ある時の物語に云。顕真座主の御許(もと)より使者を遣わして云、登山次に必ず見参を遂げ申承べきの事あるに、必ず音信させ給えと。[2]

仍到坂本。申此由。

なお、坂本に到りて、この由を申す。

座主下(山)令対面問云。今度何可解脱生死。

座主、山を下りて対面せしめ問うて云。このたび、何ぞ生死を解脱すべしや。

(予)答云。如何様不可過御計。(賢愚の選択にはしかずと)

予、答えて云く。いか様にもおん計らい過ごすべからず。

又云。実然也、但先達者若有思定旨者示給其体。

また云。実にしかなり、ただ先達は、もし思い定めたる旨あらば、その体を示し給え。

為自身者聊有思定旨、只早遂往生極楽也。

自身の為にはいささか思い定める旨あり、ただ早く往生極楽を遂げんとなり(のみ)。

又云。依順次往生難遂致此尋、如何輒遂往生耶。

また云。順次の往生、難きに依って遂にこの尋ねを致す。いかんがすべからく往生を遂げんや。

答。成仏雖難往生易得也。

答う。成仏、難しといえども往生は得易なり。

依道綽善導意者、仰仏願力為強縁、故凡夫生浄土。云々。

道綽・善導の意に依らば、仏の願力の仰せを強縁となす、ゆえに凡夫浄土に生まると云々。

其後更無言説而還、後座主御言云。法然房雖智恵深遠(智慧深遠)、聊有偏執失云。人来語此事。

その後、さらに言説なくて還りて後に座主のおん言(ことば)に云く、法然房は、智恵深遠といえども、いささか偏執の失ありと云。
人、来たりてこの事を語る。

予云 於不知之事者、必起疑心也。

予云く、知らざるの事に於いては、必ず疑心を起こすなり。

座主聞此事誠然云、我於顕密教 雖積稽古併為名利、不忘(志)浄土、故不闚道綽善導釈。

座主、この事を聞きて、まことに然りと云て、我、顕密の教において稽古を積むといえども、あわせて名利となし、浄土を志ざさず、ゆえに道綽・善導の釈をうかがわず。

非法然房者誰人如此言。

法然房に非ざれば、誰の人か、この如く言わむ。

恥此言隠居大原、百日見浄土章疏給。

この言を恥じて大原に隠居して、百日、浄土の章疏を見たまえり。

然後 我已見立法門、令来臨給請之。云々。

しかる後、我すでに法門を見立てたり、来臨してこれを請わしめ給へと、云々。

此時東大寺上人南無阿弥陀仏未思定出離道、故告此由、即具弟子三十余人而来。 具此衆参大原。

この時、東大寺上人南無阿弥陀仏(俊乗房重源)、未だ出離の道を思い定めず、ゆえにこの由を告ぐに、即ち弟子三十余人を具して来る。この衆を具して大原に参ず。

源空之方東大寺上人居流、座主御房方大原上人居流述浄土法門、座主一一領解談義畢、座主発一大願給。

源空の方(かた)には東大寺の上人居流れ、座主の御房の方には大原上人居流れて、浄土の法門を述ぶ、座主一一に領解して、義を談じおわりて、座主一の大願を発したまえり。

此寺立五坊 相続一向専念行、称名之外更不交余行。

この寺に五坊を立て、一向専念の行を相続し、称名のほかにさらに余行をまじえず。

其行一始已来于今不退転。

その行、一たび始めていらい、いまに退転せず。

尋入此門後為勧妹尼御前、被書念仏勧進之消息、流布世間顕真消息云是也。

尋ねてこの門に入りて後、妹の尼御前に勧むる為に、念仏勧進の消息を書きはべる。世間に流布する顕真の消息というはこれなり。

大仏上人、発一意楽云。我国道俗、跪閻魔宮之時、被問校名者其時為令唱仏号、付阿弥陀仏名。

大仏上人(重源)、一の意楽を発していわく。我国の道俗、閻魔の宮に跪づかんの時、校名を問わるれは、その時仏号を唱えしめん為に、阿弥陀仏の名を付く。

我名即南無阿弥陀仏也云。我朝流布阿弥陀仏名事、自此時始也。云々。

我が名は即ち南無阿弥陀仏なりと云ふ。我が朝に流布する阿弥陀仏の名の事、この時より始るなりと、云々。

(6)
或時物語云。当世人、迷法門分際。

ある時の物語にいわく。当世の人、法門の分際に迷う。

云輒可解脱生死也。

すなわち生死を解脱すべしと云なり。

我師有肥後阿闍梨云人、智恵深遠(智慧深遠)人也。

我が師に、肥後阿闍梨という人あり、智恵深遠の人なり。

倩顧自身分際、今度不可解脱生死、若此度改生者、隔生即忘故定忘仏法歟。

つらつら自身の分際を顧みるに、このたび生死解脱すべからず、もしこの度、生を改めれば隔生即忘の故に定めて仏法を忘れんかな。

然受長命報、待慈尊出世。

しかれば長命の報(むくい)を受け、慈尊(弥勒)の出世を待つべし。

大蛇是長寿者也、吾当大蛇。

大蛇はこれ長寿のものなり、われ当に大蛇となるべし。

但若住大海者可有中夭恐、依之遠江国笠原庄内桜陀云池、取領家放文願住此池、死期乞水入掌中死畢。

ただもし大海に住むは中夭の恐れあるべし。これに依って遠江国笠原庄の内に桜陀という池、領家の放文を取りて、この池に住すを願い、死期に水を乞いて掌中に入れて死に畢んぬ。

於彼池不風吹率大浪自起、排上池中塵。

かの池に於いて風吹かずに、率(にわか)に大浪自ら起き、上の池中の塵を排ひあく。

諸人作奇特。

諸人、奇特を作す。

注此由申領家、勘其日比当彼阿闍梨逝去日時。

この由を注し領家に申す、その日を比して勘うるに、まさに彼の阿闍梨の逝去の日時に当たる。

有智恵(智慧)故知生死難出、有道心故願値仏世。

智慧ある故に生死出で難きを知る、道心あるが故に仏世に値あうと願う。

然而不知浄土法門故発如此意楽。

しかるに浄土の法門を知らざるが故に、このごとき意楽を発す。

我其時為得此法者、不顧信不信、指授此法門、於当世仏法者、有道心者期遠生縁、無道心者併住名利思。

われ、その時この法を得るとなさば、信不信を顧みず、この法門を指授す、当世の仏法者においては、道心ある者は遠生の縁を期す、道心なき者はあわせて名利の思いに住す。

以自身輒言可出生死者、是知機縁分際故也。

自身を以って、すべからく生死出すべしというは、これ機・縁の分際を知るなり。

(7)
或時云。我立浄土宗意趣者、為示凡夫往生也。

ある時にいわく。我、浄土宗を立つる意趣は、凡夫往生を示さんが為なり。

若依天台教相者雖似許凡夫往生、判浄土至浅薄也。

もし天台の教相に依らば凡夫往生を許すに似たりといえども、浄土を判ずること至りて浅薄なり。

若依法相教相者判浄土雖甚深、全不許凡夫往生也。

もし法相の教相に依らば浄土を判ずること甚だ深しといえども、全く凡夫往生を許さずなり。

諸宗所談、雖異、惣不許凡夫生浄土云事。

諸宗の談ずる所、異なるといえども、すべて凡夫の浄土に生まる事を許さず。

故依善導釈義、興浄土宗時、即凡夫生報土云事顕也。

ゆえに善導の釈義に依って、浄土宗を興す時、即ち凡夫報土に生るという事を顕さんとなり。

爰人多誹謗云、雖不立宗義可勧念仏往生、今立宗義事唯為勝他也。云々。

ここに人、多く誹謗して云く、宗義を立てずといえども念仏往生を勧むべし、今、宗義を立つる事はただ勝他の為なりと、云々。

若不立別宗者、何顕凡夫生報土之義哉。

もし、別して宗を立てずば、何ぞ凡夫報土に生ずの義を顕さんかな。

若人来言念仏往生者、是問何教何宗何師意者、非天台、非法相、非三論、非花厳(華厳)、答何宗何師意乎。

もし人来りて念仏往生というは、これ何教、何宗、何師の意ぞと問わば、天台にあらず、法相にあらず、三論にあらず、華厳にあらず、何宗何師の意とか答うや。

是故依道綽善導意立浄土宗、全非勝他也。云々

この故に、道綽・善導の意に依って、浄土宗を立つ、全く勝他に非ざるなりと、云々。

(8)
或時上人有瘧病[3]、種種療治一切不叶、于時月輪禅定殿下大歎(大嘆)之云。我図絵善導御影、於上人前供養之。

ある時に上人、瘧(おこり)病むことあり、種種の療治に一切に叶わず、時に月輪禅定殿下、大いにこれを歎いていわく。われ善導御影を図絵し、上人の前において、これを供養す。

此由被仰遣安居僧都許、御返事云。

これに由って仰せを被りて、安居僧都(聖覚)のもとに遣す、御返事にいう。

聖覚同日同時瘧病仕事候。

聖覚も同日同時に瘧病つかまつる事に候。

雖然為御師匠報恩可参勤仕。

しかりといえども御師匠報恩の為に参勤仕るべく。

但早旦可被始御仏事。云々。

ただ早旦(早朝)御仏事を始めらるべし事と云々。

自辰時始説法未時説法畢、導師并(並)上人共瘧病落畢。

辰の時より説法を始め未時に説法おわんぬ、導師ならびに上人ともに瘧病、落ちおわんぬ。

又其説法大師者、大師釈尊同衆生時者、恒受病悩給、況凡夫血肉身、云何無其憂。

またその説法の大師(旨)は、大師釈尊も衆生に同(どうず)る時の、つねに病悩を受けたまいき。況や凡夫血肉身、いかんぞ其の憂い無き。

雖然浅智愚鈍衆生者不顧此道理、定懐不信之思歟。

しかりといえども、浅智愚鈍の衆生は、この道理を顧みず、定めて不信の思いを懐くか。

上人化導已称仏意、面遂往生者千万千万。

上人の化導すでに仏意に称う、まのあたりに往生を遂げる者は千万千万なり。

然者諸仏菩薩、諸天竜神、争不歎(不嘆)衆生不信。

しかれば、諸仏菩薩、諸天竜神、いかでか衆生の不信を歎かざる。

四天大王可守仏法者、必可喩我大師上人病悩給也。

四天大王、仏法を守るべければ、必ず我大師上人の病悩を喩(い)えたまうべし。

善導御影前、異香薫。云々。

善導の御影の前、異香薫ると。云々。

僧都云。故法印下雨挙名、聖覚身此事尤奇特。云々。

僧都いわく。故法印は雨を下(乞いて)名を挙ぐ、聖覚が身はこの事もっとも奇特と、云云。

世間人大驚生不思議思。云々。

世間の人、大いに驚きて不思議の思を生ずと、云々。

(9)
或時云。我立一向専念義、人多謗云、縦雖許諸行往生、全不可成念仏往生障。

ある時に云。われ一向専念の義を立つ、人、多く謗して云ふ、たとひ諸行往生を許すといえども、全く念仏往生の障りと成るべからず。

何故強立一向専念義耶、此大偏執義也。

何のゆえぞ強ちに一向専念の義を立てんや、これ大いに偏執の義なり。

答。此難是不知此宗限故也。

答う。この難これこの宗を知らざる限りの故なり。

経已云一向専念無量寿仏。

経にすでに一向専念無量寿仏と云。

故釈云一向専称弥陀仏名。

ゆえに釈に、一向専称弥陀仏名と云。

離経釈私立此義者、誠所責難去。

経釈を離れ、私にこの義を立てるは、まことに責むるところ去り難し。

欲致此難者、先可謗釈尊、次可謗善導、其過全非我身上。

この難を致さんとおもう者は、まず釈尊を謗るべし、ついで善導を謗るべし、その過、全く我が身の上にあらず。

(10)
当初依弟子過有被流讃岐国云事、其時対一人弟子述一向専念義。

当初、弟子の過に依って讃岐国に流されるということあり。その時、一人の弟子に対して一向専念の義を述ぶ。

西阿弥陀仏云弟子推参云。如此御義努努不可有事候、各不可令申御返事給。云々。

西阿弥陀仏という弟子、推参して云く。このごとき御義は努努(ゆめゆめ)あるべからざる事に候う、おのおの御返事申さしめ給うべからずと、云々。

上人云。汝不見経釈文哉。

上人云く。汝は経釈の文を見ざるや。

西阿弥陀仏云。経釈文雖然存世間譏嫌許也。

西阿弥陀仏の云く。経釈の文しかりといえども世間の譏嫌を存じてばかるなり。

上人云。我雖被截頸不可不云此事。云々

上人云く。我、頸を截らるといえども、この事を云わずべからず、云々

御気色尤至誠也。

御気色もっとも至誠なり。

奉見人人流涙随喜。云々。

見たてまつる人々、涙を流して随喜せりと、云々。

(11)
或時自鎮西来修行者、奉問上人云。

ある時、鎮西より来れる修行者、上人に問いたてまつりて云。

称名之時係心於仏相好事、如何様可候。

称名の時、心を仏の相好に係くることは、いかようにか候べきか。

上人未言説前傍弟子可然。云々。

上人言説、未だの前に傍の弟子、しかるべしと、云々。

上人云。源空不然、唯思 若我成仏、十方衆生、称我名号、下至十声、若不生者、不取正覚。彼仏今現在世成仏、当知、本誓重願不虚、衆生称念、必得往生 許也。

上人云く。源空はしからず、ただ、「若我成仏、十方衆生、称我名号、下至十声、若不生者、不取正覚。彼仏今現在世成仏、当知、本誓重願不虚、衆生称念、必得往生」[4]とばかり思うなり。

以我分際、観仏相好、更非如説観。

われらの分際を以って、仏の相好と観ずとも、さらに如説の観にあらず。

深憑本願口唱名号唯是一事不仮令行也。

深く本願をたのみて口に名号をとなうるが、ただこれ一事のみ仮令の行ならずと也。

修行者悦退出畢。

修行者、悦びて退出しおわんぬ。

(12)
或時人問云。釈本願、略安心、有何意耶。

ある時、人問いて云。本願を釈するに安心を略するは、何の意あるや。[5]

上人答云。知衆生称念必得往生、自然具足三心也。

上人答云。衆生称念必得往生と知るに、自然に三心は具足するなり。

為顕此理、如此釈也。云々

この理を顕さんが為に、このごとく釈するなりと、云々。

(13)
或人問云。毎日所作配六万十万等数遍(数返)而不法与、配二万三万如法、何可為正耶。

ある人の問うて云く。毎日の所作六万十万等数遍を配して不法なむと、二万三万を配して如法なむと、いずれをか正となすべきや。

答云。凡夫習雖配二万三万数遍(数返)、不可有如法義。

答えて云く。凡夫の習、二万三万数遍を配すといえども、如法の義あるべからず。

唯不如数遍(数返)多、所詮為令心相続也。

ただ、数遍の多にはしかず、所詮は心を相続せしめん為なり。

但必定数非為要 只為常念也、不定数遍(不定数返)者懈怠因縁者勧数遍(数返)也。云々。

ただ、必ず数を定めて要となすにはあらず、ただ常念となすなり、数遍を定めざるは懈怠の因縁なれば数遍を勧むるなりと、云々。

(14)
或時問云。智恵(智慧)若可為往生要事、正直蒙仰可営修学。

ある時に問いて云く。智恵もし往生の要事となすべしと、正直に仰を蒙り修学を営むべし。

又以但称名不可有不足者可存其旨。

また、ただ称名を以って不足あるべからずはその旨を存ずべし。

以只今仰可存如来金言候。

ただ今の仰せを以って如来の金言と存ずべしと候。

答云。往生正業是称名云事、釈文分明也。

答えて云く。往生の正業はこれ称名と云事、釈文分明也。

不簡有智無智云事、又顕然也。

有智無智を簡ばずと云事、又顕然也。

然者為往生者 称名為足、若欲好学問不只、

しかれば往生の為には称名に足りるとなす。もし学問を好まんと欲すばかりならず、

一向念仏可遂往生、奉値弥陀観音勢至之時、何法門不達。

一向に念仏して往生を遂ぐべし、弥陀観音勢至に値い奉るの時、何の法門か達せざらん。

彼国荘厳、昼夜朝暮説甚深法、可期其時之見仏聞法也。

彼の国の荘厳、昼夜朝暮に、甚深の法を説く、その時の見仏聞法を期すべしとなり。

不知念仏往生旨之程可学之、若知之者求不幾之智恵(智慧)不嫌称名之暇也。云々。

念仏往生の旨を知らざるの程、これを学ぶべし、もしこれを知らばいくばくならずの智慧を求めるは、称名の暇を嫌わずなりと、云々。

(15)
或時云。浄土人師雖多、皆勧菩提心、観察為正、唯善導一師許無菩提心之往生。

或時云。浄土の人師多しといえども、みな菩提心を勧めて、観察を正となす、ただ善導一師のみ菩提心無くしてこの往生を許す。

以観察判称名助業。

観察を以っては称名の助業と判ず。

当世之人、不依善導意、輒不得往生。

当世の人、善導の意に依らずば、すべからく往生を得ざる。

曇鸞道綽懐感等、皆雖為相承人師、於義者未必一准、能能可分別之。

曇鸞・道綽・懐感等、みな相承の人師となすといえども、義においては必ず一准ならず、よくよくこれを分別すべし。

不弁此旨者、於往生難易難存知者也。云々

この旨を弁ぜざれば、往生の難易について存知し難きもの也と、云々。

(16)
或時問云。人多勧持斎、此条如何。

或時問云。人多く持斎[6]を勧む、この条いかん。

答。僧尼食作法尤可然也。

答。僧尼の食作法はもっともしかるべし也。

雖然当世機已衰食已減、以此分際。

しかりといえども、当世の機すでに衰え食すでに減ず、この分際を以って

一食者心偏思食事、念仏心不静。

一食は心ひとえに食事を思ふ、念仏の心静かならず。

菩提心経云。食不妨菩提心、心能妨菩提。

『菩提心経』に云。食は菩提心を妨げず、心は能く菩提を妨ぐ。

其上自身可相計也。云々

その上は、自身をあい計らうべき也と云々。

(17)
或時問云。於往生業已思定畢。

ある時、問いて云。往生の業においてすでに思い定め畢んぬ。

但一期身之有様云何可存候。

ただ、一期の身の有様いかが存知候か。

答云。僧作法在大小戒律、雖然末法僧不随之。

答云。僧の作法に大小の戒律[7]あり、しかりといえども末法の僧はこれに随わず。

源空縦禁之、誰人随之、只所詮念仏相続様可相計也。

源空たとえこれを禁じても、誰人かこれに随わん、ただ所詮は念仏の相続する様あい計べき也。

為往生者念仏已為正業故守此旨可相励也。

往生の為には念仏をすでに正業となすが故に、この旨を守りて相励すべしと也。

持斎全非正業也。

持斎は全く正業にあらざる也。

(18)
或時、受教与(興)発心可各別也。

或時、教を受けると発心を興すとは各別なるべしと也。

中比有一住山者。

この中に一の住山者あり。

内内学浄土法門云。我已得此教大旨。

内内に浄土法門を学びて云く。我すでにこの教の大旨を得。

雖然未発信心、以何方法、建立信心。云々

しかれども未だ信心を発せず、何なる方法を以ってか信心を建立せんと、云々。

予教云。可令祈精三宝給。

予教て云。三宝に祈精したまうべし。

自爾以降慇懃祈精之。

これより以降慇懃にこれを祈精す。

或時参東大寺念誦。

ある時、東大寺に参じて念誦す。

適当上棟木之日。

たまたま棟木を上ぐるの日。

倩見之忽信心開発。

つらつらこれを見てたちまちに信心開発す。

自非匠計略者彼大物云何居棟上。

匠の計略に非ずよりは、彼の大物何んが棟上に居す。

何況如来善巧不思議力哉。

いわんや如来の善巧不思議力かな。

我有願生志、仏有引接願、尤可往生。

我に願生の志しあり、仏に引接の願あり、もっとも往生すべし。

一得此道理之後、再無疑心。

ひとたびこの道理を得て後、再び疑心無し。

彼人来語此由。

彼の人来たりてこの由を語る。

経三年之後、遂往生旁現霊瑞不可思議也。

三年を経ての後、往生を遂げて旁に霊瑞を現ず、不可思議也。

依学問雖不発心、依見境界之縁起信、唯慇懃係心常思惟、又可祈三宝也。云々。

学問に依って発心あたわずといえども境界を見るの縁に依って信を起す、ただ慇懃に心に係けて常に思惟すべし、また三宝を祈るべし也。云々。

(19)
或人問云。真言阿弥陀供養法、是可正行哉云何。

ある人問うて云く。真言の阿弥陀供養法、これ正行とすべきかいかん。

答。不可然也。

答。しからず也。

雖似一随教其意不同也。

一に似たりといえども教に随えばその意不同也。

真言教云阿弥陀是己心如来、不可尋外。

真言の教えにいう阿弥陀はこれ己心の如来なり、外を尋ぬべからず。

此教弥陀法蔵比丘之成仏也。

この教の弥陀は法蔵比丘の成仏也。

居西方、其意大異。

西方に居す、その意おおいに異なり。

彼成仏教也、此往生教也、更以不可同。云々

彼は成仏の教也、これは往生の教也、さらに以って同ずべからずと、云々

(20)
或時云。法門善悪在宗義也、学者雖多、分別宗義者極希也。

ある時云く。法門の善し悪しは宗義に在る也、学者多しといえども、宗義を分別する者は極めて希也。

吾朝真言有二流、所謂東寺天台是也。

吾朝の真言に二流あり、いわゆる東寺天台これ也。

其中天台真言、其宗義非如東寺。

その中に天台真言は、その宗義東寺のごときには非ず。

所以者、一山内兼学顕密二教、其中法花宗(法華宗)為本意、故天台奥旨是即真言也云。

ゆえんは、一山の内に顕密二教を兼学す。その中に法華宗を本意となす、ゆえに天台の奥旨はこれ即ち真言也と云へり。

是故不出顕密分之真言也。

このゆえに、顕密の分を出でざるの真言也。

東寺真言於顕宗敢無双肩也。

東寺の真言は顕宗に於いて敢えて肩を双(ならぶ)こと無き也。

我窺諸宗教相 真言仏心両宗、取諸宗、用為自宗教相、而廃諸宗立自宗、諸宗中至宗義者 無等此両宗也。云々

我れ諸宗教相を窺うに、真言・仏心の両宗は、諸宗を取りて、用いて自宗の教相となす、しこうして諸宗を廃して自宗を立つ、諸宗の中に宗義に至りてはこの両宗等しと無さず也。云々
私云。此言下聊有所存歟。
選択集已以真言仏心入聖道門、為浄土宗教相。
以聖道門対浄土門而廃之給。
其智恵深遠(智慧深遠)事、言語道断者歟。
私に云。此の言下、いささか所存有る歟。『選択集』すでに真言・仏心を以って聖道門に入れ、浄土宗の教相をなす。聖道門と浄土門を対すを以ってこれを廃し給ふ。その智恵深遠なること言語道断なるもの歟。[8]

(21)
或云上人在生時、三井寺貫首大弐僧正公胤、作三巻書、破選択集名浄土決疑抄。

あるいは云、上人在生の時、三井寺貫首大弐僧正公胤、三巻の書を作りて、『選択集』を破す、『浄土決疑抄』と名づく。

其書曰。法花(法華)有即往安楽文、観経有読誦大乗句。

其の書に曰く。『法華』に即往安楽の文有り、『観経』に読誦大乗の句有り。

転読法花(法華)生極楽、有何妨。

『法華』を転読して極楽に生まる、何の妨げ有らん。

然廃読誦大乗、唯付属念仏。云々

しかるに読誦大乗を廃して唯念仏を付属と云々。

是大錯也。取意。

これ大なる錯也。取意。

上人見之、不見終指置云。此僧正此程之人不思、無下分際哉。

上人これを見、見終らず指を置きて云。この僧正は此程の人とは思わざり、無下の分際かな。

聞言浄土宗義者、可思定判教権実者 可思廃権立実義〔言+覧〕。

浄土宗義を言うと聞かば、定んで教の権実を判ぜむと思うべし、権を廃し実を立て義を窺うと思うべし。

乍聞立宗義、枉理以法花(法華)望入観経往生行中事、似忘宗義廃立 若能学道者、可謂観経是爾前教也、彼教中不可摂法花(法華)。

宗義を立つるを聞きながら、理を枉げて法華を以って観経往生の行の中に入れんと望む事、宗義廃立を忘るに似たり、もし能く学道の者は、『観経』はこれ爾前教と謂ふべき也、彼の教中に『法花』を摂すべからず。

今浄土宗意者、取観経前後之諸大乗経、皆悉摂往生行内、何法花(法華)独残之哉。

今浄土宗の意は、『観経』前後の諸大乗経を取りて、皆悉く往生行の内に摂す、何んぞ『法華』独りこれを残さんかな。

事新不可望入観経内、普摂意者、教為対念仏廃之也。云々

事新しく『観経』の内に入るを望むべからず、普く摂す意は、教の念仏に対してこれを廃さんが為なり。云々

使者学仏房還語此由、僧正閉口不言説。

使者、学仏房還りてこの由を語る、僧正閉口して言説あらじ。

彼僧正来説法之次、被語於前浄土決疑抄之由来、我今日臨此砌事、偏為懺悔此事也。 云々

彼の僧正しく来りて説法の次、前の『浄土決疑抄』の由来を語られ、我れ今日この砌(みぎり)に臨む事、ひとえに懺悔をなすは、この事也と、云々。

聴聞道俗貴賤莫不随喜、其後僧正同遂往生素懐畢、瑞相非一奇特旁多。云々

聴聞の道俗貴賤、随喜せざるはなし、其後僧正同じく往生の素懐を遂げ畢んぬ、瑞相一に非ず、奇特旁た多しと、云々。

(22)
或時云。源空参月輪禅定殿下之時、住山者一人参会《聊有憚故不載其名》

或時云。源空、月輪禅定殿下に参ず時、住山者一人参会えり《いささか憚(はばかり)ある故、其名を載せず》

問云。誠耶立浄土宗給。

問云。誠なるや浄土宗を立て給ふ。

答云。然也。

答云。しか也。

又問。云何文付立之給耶。

又問。いかなる文に付きてこれを立て給ふや。

答云。就善導観経疏付属釈立之也。

答云。善導『観経疏』付属の釈に就いてこれを立つる也。

又云。立宗義云程事、何唯依一文立之給耶。

又云。宗義を立つると云程の事、何ぞ唯だ一文に依ってこれを立て給ふや。

微咲不物言。

微咲して物言わず。

還山於法地房法印前、語此事、惣不及返答云。

山に還り法地房法印の前に於いて、此の事を語る、すべて返答に及ばざると云。

法印云。彼上人不物言者、處不足言故也。

法印の云。彼の上人物言わざるは、不足言の處の故也。

彼上人於我宗已為達者、剰亘諸宗普習学、智恵甚深(智慧甚深)超過常人。

彼の上人は我宗に於いてすでに達者となす、あまつさえ諸宗に亘り普く習学せり、智恵甚深なること常人に超過せり。

故思不及返答不物言也

故に返答及ばざると思いて物言わざる也。

努力努力不可住僻見。

ゆめゆめ僻見に住むべからず。

上人聞此事云、彼法印殊親近奉談法門、故知智恵分涯(智慧分涯)如此云也。

上人此事を聞て云、彼の法印は殊に親近して法門を談じ奉る、故に智恵の分涯を知りて此のごとく云ふ也。

殊於我法門者、相承于源空云事顕然也。

殊に我が法門に於いては、源空相承と云事顕然也。

(23)
或人問云。常存廃悪修善旨念仏、与常思本願旨念仏何勝哉。

或人問云。常に廃悪修善の旨を存じて念仏せむと、常に本願の旨を思いて念仏すると何れが勝れたる哉。

答。廃悪修善是雖諸仏通戒、当世我等悉違背。

答。廃悪修善はこれ諸仏通戒といえども、当世の我等は悉く違背せり。

若不乗別意弘願者、難出生死者歟。云々

もし別意弘願に乗ぜずば、生死を出で難き者歟と、云々。

(24)
或時云。汝有選択集云文知否。

或時云。汝選択集と云文有りと知るや否や。

不知之由。

知らざるの由。

此文我作文也、汝可見之。

この文は我作れる文也、汝これを見るべし。

我存生之間不可流布之由禁之故人人秘之。

我れ存生の間流布せざるべしの由、これを禁ぜむ故に人人これを秘す。

依之以成覚房本写之。

これに依って成覚房の本を以ってこれを写す。

当初上人御不例気出来給。

当初に上人御不例の気出で来給えり。

聊御平喩之時、従月輪禅定殿下。

いささか御平喩の時、月輪禅定殿下より。

為御形身集要文可給之由被仰。

御形身のために要文を集め給わるべしの由、仰をかぶる。

依之造此書令進覧給、此書中或云約浄土門諸行所比論也。

これに依って此書を造り進覧せしめ給て、この書の中に或は浄土門の諸行に約し比論の所なりと云也。

或云浄土宗観無量寿経意也。云々

或は浄土宗の『観無量寿経』に意を云ふ也。云々

上人述此意云。此観無量寿経、若依天台宗意、爾前教也。

上人此意を述べて云。此『観無量寿経』は、もし天台宗意に依らば、爾前の教也。

故成法花(法華)方便。

故に法華(では)方便と成る。

若依法相宗意者成演別時意。

もし法相宗の意に依らば別時意を演べると成す。

然依浄土宗意者一切教行悉成念仏方便。

しかれば浄土宗意に依らば一切教行悉く念仏の方便と成る。

故浄土宗観無量寿経意云也。

故に浄土宗の『観無量寿経』の意と云也。

又云。聖道門諸行、皆修四乗因、得四乗果。

又云。聖道門諸行は、皆四乗[9]の因を修して、四乗の果を得る。

故不及比校念仏。

故に念仏比校に及ばず。

浄土門諸行者、是比校念仏之時非弥陀本願光明不摂取之、釈尊不付属

浄土門の諸行は、是れ念仏に比校の時、弥陀本願に非ず、光明これを摂取せず、釈尊付属せず。

故云全非比校也

故に全く比校に非ずと云也。

然道綽善導宗義大異也。

しかれば道綽・善導の宗義は大に異る也。

能能一一分別知之。

能く能く一一に分別してこれを知るべし。

聖道浄土二門雖異、行体是一也、義意可知。云々

聖道浄土二門、異といえども、行体是一也、義意知るべし。云々

(25)

『禅勝房との十一箇条問答』

或時、遠江国蓮花寺(蓮華寺)住僧禅勝房参上人、奉問種種事、上人一一答之。

ある時、遠江国蓮華寺住僧禅勝房の上人参じて、種種の事問い奉まつる、上人一一これに答。

一問曰、世間有難者云、八宗九宗外立浄土宗、是自由也、如何可対治此難候。

一つ、問曰、世間に難者ありて云、八宗九宗の外に浄土宗を立つ、是れ自由(じゆ)[10]也、如何此難に対治すべく候。

答云。立宗事者更非仏説、付自所学経論、覚極其義也。諸宗習皆以如此。

答云。宗を立つる事は更に仏説に非ず、自ら学ぶ所の経論に付て、其義を極め覚る也。諸宗の習 皆以って此のごとし。

今立浄土宗事、付浄土正依経解得往生極楽義之先達(建)立宗名也。

今、浄土宗を立る事、浄土正依経に付、往生極楽義を解得し先ず宗名を建立する也。

不知宗起者致如此之難也、非難事也。

宗の起るを知らざる者、此の如き難を致す也、難に非ざる事也。

二問云。於法花(法華)真言者不可入雑行中云、如何可難治此難候。

二に問云。法華・真言に於ては雑行中に入らずと云、如何が此の難難治すべき候。

答云。恵心先徳(慧心先徳)集一代聖教造往生要集立十門、其中第九門是往生諸業也。

答云。恵心の先徳、一代聖教を集め『往生要集』を造り十門を立つ、其中第九門は是れ往生諸業也。

已法花(法華)真言等諸大乗経被入諸行。

已に法華・真言等諸大乗経を諸行に入らしむ。

諸行与雑行言異其意同、今難者不可勝恵心(慧心)先徳歟。

諸行・雑行と言(ことば)異にして其の意同、今の難者は恵心の先徳に勝るべからず歟。

三問云、付余仏余経結縁助成事、可可成雑候歟。

三に問云、余仏余経に付き結縁助成せむ事、雑と成すべき候べき歟。

答、我身乗仏本願之後、決定往生信起之上、結縁他善事、全不可為雑行、可成往生助業也。

答、我身、仏の本願に乗じての後、決定往生の信起らんの上は、他善に結縁する事、全く雑行と為すべからず、往生の助業と成べし也。

善導釈中、已随他善根以自他善根廻向(回向)浄土。云々

善導の釈中、已に他の善根に随い自他の善根を以って浄土に回向と、云々。

以此釈可知也。

此の釈を以って知るべき也。

四問云、極楽有九品差別事、可為弥陀本願称歟。

四に問云、極楽に九品の差別有る事、弥陀の本願に称(かな)うと為すべし歟。

答云、極楽九品者非弥陀本願、更無四十八願中、是釈尊巧言也。

答云、極楽九品は弥陀の本願に非ず、更に四十八願中に無し、是れ釈尊の巧言也。

若説善人悪人生一所者、悪業者可起等慢心故、令有品位之差別、説善人進上品悪人下下品也。急参可見。云々

若し善人悪人一所に生と説かば、悪業の者、等く慢心を起す故、品位の差別有らしめ、善人は上品に進め悪人は下品に下ると也。急ぎ参りて見るべし。云々

五問云、持戒者念仏数遍(数返)少、与破戒者念仏数返多、往生後浅深如何。

五に問云、持戒の者の念仏の数返の少と、破戒の者の念仏の数返の多と、往生後の浅深如何。

上人指所居畳答云、就有畳論破与不破。

上人居へる所の畳を指して答へて云、畳有るに就てこそ破と不破を論ずる。

全於無畳者、云何論破不破哉。

全く畳無きに於ては、云何ぞ破不破を論ず哉。

其様末法中、無持戒、無破戒、但有名字比丘、伝教大師末法灯明記委明此旨。

其様に末法の中には、持戒無く、破戒無し、但だ名字比丘のみ有と、伝教大師の『末法灯明記』に委しく此の旨を明す。

其上不可持戒破戒沙汰、為如此之凡夫所教本願者、急急可称名字也。

其の上は持戒破戒沙汰すべからず、此の凡夫の如き為に教る所の本願なれば、急ぎ急ぎ名字を称すべき也。

六問云、念仏行者、毎日所作有不絶声之人、又有心念取数之人、何可為本候。

六に問云、念仏行は、毎日の所作に声絶えずの人有り、又心念にて数を取る人も有、何れをか本と為すべき候。

答云、口唱心念悉名号、何皆可成往生業、唯仏本願為称名故、可出声也。

答云、口唱も心に念ずも悉く名号なれば、何れも皆、往生業と成るべし、唯だ仏の本願は称名と為す故、声に出すべき也。

故経説令声不絶具足十念釈云称我名号下至十声也

故に経には「令声不絶具足十念」『観経』下下品。[11]と説き、釈には「称我名号下至十声」[12]云也。

聞我耳之程為高声念仏、但不知譏嫌而非可高声、地体可思出声也。

我耳に聞ゆる程の高声念仏と為す、但だ譏嫌を知らず、高声なるに非ず、地体は声に出すと思べしと也。

七問云、日別念仏数返(数遍)入相続之程事可定幾候。

七に問云、日別の念仏の数遍、相続に入ての程の事は幾つと定め候。

答云、依善導釈者、万已上可為相続分 《出観経法門中》

答云、善導の釈に依て、万已上相続分と為べし 《出観経法門中》

但雖一万返(一万遍)急申、虚不可過時節。

但だ、一万遍といえども急ぎ申、虚く時節を過ぐべからず。

設雖一万返(一万遍)可為一日一夜之所作、惣一食之間三度許唱之者、能相続者也。設ひ一

万遍といえども一日一夜の所作となす、惣じて一食の間に三度ばかりこれを唱者、能く相続者也。

但衆生機根不同者、一准不可定之、若志深者自然相続事也。

但だ衆生機根不同なれば、一准之を定むべからず、若し志し深き者は自然に相続する事也。

八問云、礼讃深心中、十声一声定得往生、乃至一念無有疑。文

八に問云、『礼讃』の深心の中に、十声一声定んで往生を得、乃至一念疑い有ること無し。文

又疏中深心、念念不捨者是名正定之業。文

又、『疏』中の深心には、念念捨てざれば是れ正定之業と名ずく。文

云何可分別候。

云何が分別すべき候。

答云、十声一声釈是信念仏之様也、信取一念往生、行一形可励也。

答云、十声一声の釈は是れ念仏を信ず之様也、信をば一念往生すと取、行をば一形励むべき也。

又一発心已後釈可為本意也。

又一発心已後の釈を本意と為すべき也。

九問云、本願一念者、可通尋常機臨終機候歟。

九に問云、本願の一念は、尋常の機 臨終の機に通ずべき候歟。

答云、一念願為不及二念之機也。

答云、一念の願は二念に及ばざる機の為也。

可通尋常機者 不可有上尽一形之釈、此釈可得意、必一念非為仏本願云事顕然也。

尋常の機に通ずべきは、上尽一形之釈有るべからず、此の釈の意得べし、必ず一念を仏の本願と為すに非ずと云事、顕然也。

已釈念念不捨者是名正定之業、順彼仏願故、唯此釈意可云念念不捨者即順本願、但値本願遅速不同者発上尽一形下至一念給也。

已に「念念不捨者是名正定之業、順彼仏願故」と釈す、唯だ此の釈の意、念念不捨者即順本願と云うべし、但だ本願に値あう遅速同じからざれば上尽一形下至一念と発し給う也。

故善導得念仏往生願也。云々

故に善導は念仏往生願を得る也。云々

十問云、自力他力申事、何様可得心候乎。

十に問云、自力他力と申事、何様(いかように)に心得べき候乎。

答云、源空雖非可参殿上機量、自上召者二度参殿上。

答云、源空は殿上に参ずべき機量に非ずといえども、上より召されて二度まで殿上に参ず。

此非我可参之式、上御力也。

此れ我が参ずるの式(のり)に非ず、上の御力也。

何況阿弥陀仏御力、酬称名願来迎事、有何不審。

いわんや阿弥陀仏の御力、称名の願に酬いて来迎の事、何の不審か有る。

自身罪重、無智者、云何不可疑遂往生、若如此疑者、一切不知仏願者也。

自身罪も重く、無智の者、云何んが往生を遂ぐを疑うべからず、若し此の如き疑う者は、一切に仏願を知らざる者也。

為度如此之罪人所発之本願也、乍唱此名号、努力努力不可有疑心。云々

此の如きの罪人度す為、発す所の本願也、此の名号を唱えながら、ゆめゆめ疑心有るべからず。云々

十方衆生願中、有智無智、有罪無罪、善人悪人、持戒破戒、男子女人、乃至三宝滅尽之後十歳衆生無漏。

十方衆生の願の中に、有智無智、有罪無罪、善人悪人、持戒破戒、男子女人、乃至三宝滅尽の後の十歳の衆生までも漏るること無し。

彼三宝滅尽之時念仏衆生与当時行者比之、当世人如仏也、彼時者人寿十歳也、戒定恵(戒定慧)三学不聞名。云々

彼の三宝滅尽の時(の)念仏衆生と、当時行者と之を比ぶ、当世人は仏の如き也、彼の時の人寿十歳也、戒定慧の三学名だにも聞かず。云々

此等衆生 乍知可預来迎、我身可被捨云事、云何可得心出哉。

此等の衆生、来迎に預るべしと知りながら、我身捨らるべしと云事、云何が心得て出す可き哉。

但極楽不被欣、念仏不被信 事行者可成往生障、故云他力願、云超世願也。

但し極楽の被らずを欣い、念仏の信を被らず事(つかえ)る行者は往生の障と成るべし、故に他力願と云、超世願と云也。


十一問云、可具至誠等三心文三体如何様可得意候乎。

十一に問云、至誠等三心具すべしの文、三体如何様な意と得るべく候乎。

答云、具三心事無別様、阿弥陀仏本願、称念我名号者、必来迎誓給故、決定深信可被引接也、心念口称不倦、已得往生之心地而至最後一念不退転者、自然具足三心也。

答云、三心具(す)事 別の様無し、阿弥陀仏本願に、我名号を称念する者、必来迎せむと誓い給ふ故、決定して深信 引接を被るべき也、心念口称倦まず、已に往生得るの心地、最後の一念に至り退転せずは、自然に三心具足する也。

在家者共中、雖無如此分別、只念仏者知生極楽常念仏之輩、自然具三心、多遂往生也。

在家の者の共の中に、此の如き分別無しといえども、只だ念仏者極楽に生ると知て常に念仏するの輩は、自然に三心具し、多く往生遂げる也。

此故一文不通者中神師(安房の助)往生也。

此故に一文不通者中にも神師(安房の助)往生する也。

《已上十一問答了》

三心料簡および御法語


  1. 『往生要集』の序分の文。如予頑魯之者(予がごとき頑魯のもの)との言明に、浄土教は凡夫の仏教であると同時に賢愚善悪を選ばない末法における真の仏道と領解されたのであろう。
  2. (註:*顕真はこの当時は座主ではない。1190に第61代天台座主に就任した。)
  3. わらは-やみ、おこり。◇一定の周期で高熱を発する病気。マラリアではないかといわれている。
  4. 〈もしわれ成仏せんに、十方の衆生、わが名号を称せん、下十声に至るまで、もし生れずは正覚を取らじ〉と。かの仏いま現に世にましまして成仏したまへり。まさに知るべし、本誓重願虚しからず、衆生称念すればかならず往生を得。◇『往生礼讃』の文。なお親鸞聖人は「世」の字を略して引文されるのが常であった。
  5. 第十八の本願には、至心信楽欲生の安心(信心)が説かれているが、前述の善導大師の『往生礼讃』に安心(信心)が説かれていないのは何故かという問い。
  6. ここでは、僧尼は、正午以後食事をしないという戒を守ることをいう。この食事の時間を守ることから、仏事の食事を時(とき)といいお斎(おとき)と表現するようになった。
  7. 大乗と小乗の戒律
  8. 私云、以下は勢観房源智上人の私釈。
  9. 声聞乗・縁覚縁乗・菩薩乗・仏乗の四乗。
  10. 仏教では自由(自らによる)とは否定的概念であり、自由の妄説(勝手きままな誤った説)として排斥される。ここでは、新たに浄土宗を建てるということは自由(じゆ)の妄説と非難する人がいるがどう答えるのかと問うている。
  11. 声をして絶えざらしめて、十念を具足して 『観経』下下品。
  12. わが名号を称すること下十声に至るまで『往生礼讃』。