選択

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せんじゃく

 取捨すること。粗悪なものを選び捨て、善妙なものを選び取ること。


 出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社)
 出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社)
 区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。


『大経』には法蔵菩薩が、二百一十億の諸仏の浄土の因を覩見して、仏国を荘厳する清浄の行を摂取したと説かれている。

ここにおいて世自在王仏、すなはちために広く二百一十億の諸仏の刹土の天人の善悪、国土の粗妙を説きて、その心願に応じてことごとく現じてこれを与へたまふ。
ときにかの比丘(法蔵菩薩)、仏の所説を聞きて、厳浄の国土みなことごとく覩見して無上殊勝の願を超発せり。その心寂静にして志、所着なし。一切の世間によく及ぶものなけん。五劫を具足し、思惟して荘厳仏国の清浄の行を摂取す。(大経 P.13)

この摂取を『大阿弥陀経』では、選択と説かれていた。

其の仏、即ち二百一十億の仏国土の中の、諸天人民の善悪。国土の好醜を選択して、爲に心中所欲の願を選択す。夷亘羅仏(世自在王仏)、経を説き竟(おわり)て、曇摩迦(法蔵菩薩)、便ち其の心を一にして、即ち天眼を得て徹視し、悉く自から二百一十億の諸仏国中の諸天人民の善悪、国土の好醜を見て、即ち心中の所願を選択し、便ち是の二十四願経を結得し則ち之を奉行すること精進勇猛に勤苦し求索す。(大阿弥陀経)

法然聖人は 「摂取」と「選択」 は本来、同義であるが、前者の「摂取」の語には 「捨」 の義がかくれているので、善妙なるものを取り(選取)粗悪なものを捨てる(選捨)という意で『大阿弥陀経』の選択の語を使われた。(選択本願念仏集 P.1204)
法然聖人の「選択本願念仏」というキーワードは、まさに阿弥陀仏が本願に選ばれた念仏の一行を選び取り、念仏以外の諸行を選び捨てるという意であった。選択の主体は阿弥陀如来なのである。

外部リンク

法然教学の研究