「淄澠の一味なるがごとし」の版間の差分
出典: 浄土真宗聖典『ウィキアーカイブ(WikiArc)』
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<ruby><rb>斉</rb><rp>(</rp><rt>せい</rt><rp>)</rp></ruby>の国(現在の中国山東省)にあった<ruby><rb>淄水</rb><rp>(</rp><rt>しすい</rt><rp>)</rp></ruby>と<ruby><rb>澠水</rb><rp>(</rp><rt>じょうすい</rt><rp>)</rp></ruby>という二河の名。二河の水の味は異なるが海に入れば同じ塩からい水になるように、往生の機に<ruby><rb>九品</rb><rp>(</rp><rt>くぼん</rt><rp>)</rp></ruby>別があっても、同じ念仏の一道によって往生すれば平等の果を得るという意。 ([[証巻#P--310|証巻 P.310]], [[二門#P--546|二門 P.546]], [[三経往生文類#P--629|三経 P.629]]) | <ruby><rb>斉</rb><rp>(</rp><rt>せい</rt><rp>)</rp></ruby>の国(現在の中国山東省)にあった<ruby><rb>淄水</rb><rp>(</rp><rt>しすい</rt><rp>)</rp></ruby>と<ruby><rb>澠水</rb><rp>(</rp><rt>じょうすい</rt><rp>)</rp></ruby>という二河の名。二河の水の味は異なるが海に入れば同じ塩からい水になるように、往生の機に<ruby><rb>九品</rb><rp>(</rp><rt>くぼん</rt><rp>)</rp></ruby>別があっても、同じ念仏の一道によって往生すれば平等の果を得るという意。 ([[証巻#P--310|証巻 P.310]], [[二門#P--546|二門 P.546]], [[三経往生文類#P--629|三経 P.629]]) | ||
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+ | 淄川、澠川 (中国<kana>山東(さんとう)</kana>省にある河の名) の二河は、水の味が異なるが、海にそそげば一つの味になるという意。 仏国土。 ([[浄土論註 (七祖)#P--122|論註 P.122]]) | ||
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2010年5月6日 (木) 21:58時点における最新版
しじょうの いちみなるがごとし
淄川、澠川 (中国
出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
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