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出典: 浄土真宗聖典『ウィキアーカイブ(WikiArc)』

 
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くぼん
 
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Ⅰ 九品寺流のこと。[[法然]]上人門下の<ruby><rb>覚明房</rb><rp>(</rp><rt>かくみょうぼう</rt><rp>)</rp></ruby><ruby><rb>長西</rb><rp>(</rp><rt>ちょうさい</rt><rp>)</rp></ruby>(1184-)によって伝えられた系統。長西が洛北九品寺に住したので、この名がある。念仏以外の諸行も本願の行であるとする[[諸行本願義]]を主張した。 ([[御文二#P--1132|御文章 P.1132]])
 
  
Ⅱ 『観経』に説く九つの階位。[[阿弥陀仏]]の[[浄土]]へ[[往生]]を願う<ruby><rb>衆生</rb><rp>(</rp><rt>しゅじょう</rt><rp>)</rp></ruby>を、修めるべき<ruby><rb>行法</rb><rp>(</rp><rt>ぎょうぼう</rt><rp>)</rp></ruby>の程度によって九種に分類したもの。
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Ⅰ 『観経』に説く九つの階位。[[阿弥陀仏]]の[[浄土]]へ[[往生]]を願う衆生を、修めるべき<kana>行法(ぎょうぼう)</kana>の程度によって九種に分類したもの。
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Ⅱ 九品寺流のこと。[[法然]]上人門下の<kana>覚明房(かくみょうぼう)</kana><kana>長西(ちょうさい)</kana>(1184-)によって伝えられた系統。長西が洛北九品寺に住したので、この名がある。念仏以外の諸行も本願の行であるとする諸行本願義を主張した。 ([[御文二#P--1132|御文章P.1132]])
  
 
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[[Category:巻末註]]

2018年1月14日 (日) 00:51時点における最新版

くぼん


Ⅰ 『観経』に説く九つの階位。阿弥陀仏浄土往生を願う衆生を、修めるべき行法(ぎょうぼう)の程度によって九種に分類したもの。

上品上生(じょうぼんじょうしょう)・上品中生(ちゅうしょう)・上品下生(げしょう)の三は大乗の善(行福)を修める凡夫、
中品(ちゅうぼん)上生・中品中生は小乗の善(戒福)を修める凡夫、中品下生は世俗的な善(世福)を行う凡夫、
下品(げぼん)上生・下品中生・下品下生の三は罪悪の凡夫とする。

Ⅱ 九品寺流のこと。法然上人門下の覚明房(かくみょうぼう)長西(ちょうさい)(1184-)によって伝えられた系統。長西が洛北九品寺に住したので、この名がある。念仏以外の諸行も本願の行であるとする諸行本願義を主張した。 (御文章P.1132)

出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社

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