「難思議往生」の版間の差分
出典: 浄土真宗聖典『ウィキアーカイブ(WikiArc)』
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【左訓】「本願他力の往生と申す」([[三経往生文類#P--635|三経 P.635]]) | 【左訓】「本願他力の往生と申す」([[三経往生文類#P--635|三経 P.635]]) | ||
− | 第十八願の<kana>弘願(ぐがん)</kana> | + | 第十八願の<kana>弘願(ぐがん)</kana>念仏による真実報土への往生をいう。難思議とは[[不可思議]]という意で、『大経』の第十八願の法は因果ともに[[不可思議]]であるから難思議という。→<kana>[[三往生]](さんおうじょう)</kana>、[[補註2|補註2(往生・真実証・浄土)]]。 |
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なんじぎおうじょう 難思議往生 | なんじぎおうじょう 難思議往生 | ||
− | 『大経』に説かれる[[第十八願]]の[[弘願]]他力念仏による[[真実報土]]への[[往生]]のこと。[[大経往生]]ともいう。[[難思議]] | + | 『大経』に説かれる[[第十八願]]の[[弘願]]他力念仏による[[真実報土]]への[[往生]]のこと。[[大経往生]]ともいう。[[難思議]]とは[[不可思議]]という意。[[煩悩具足]]の[[凡夫]]が、現生に[[正定聚]]の位につき、浄土へ[[往生]]すれば弥陀同体のさとりを得るということ。「行巻」には |
− | :「往生はすなはち[[難思議往生]]なり」(註 202)、 | + | :「往生はすなはち[[難思議往生]]なり」([[P:202|註 202]])、 |
「証巻」には | 「証巻」には | ||
− | :「必至滅度の願 [[難思議往生]]」(註 306)、 | + | :「必至滅度の願 [[難思議往生]]」([[P:306|註 306]])、 |
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− | :「[[現生]] | + | :「[[現生]]に[[正定聚]]の位に住して、かならず[[真実報土]]に至る。これは阿弥陀如来の[[往相回向]]の真因なるがゆゑに、無上涅槃のさとりをひらく。これを『大経』の[[宗致]]とす。このゆゑに大経往生と申す、また[[難思議往生]]と申すなり」([[P:625|註 625]]) |
とある。→[[三往生]]、[[補註2]]。(浄土真宗辞典) | とある。→[[三往生]]、[[補註2]]。(浄土真宗辞典) | ||
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2024年10月15日 (火) 00:45時点における最新版
なんじぎおうじょう
【左訓】「本願他力の往生と申す」(三経 P.635)
第十八願の
出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
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なんじぎおうじょう 難思議往生
『大経』に説かれる第十八願の弘願他力念仏による真実報土への往生のこと。大経往生ともいう。難思議とは不可思議という意。煩悩具足の凡夫が、現生に正定聚の位につき、浄土へ往生すれば弥陀同体のさとりを得るということ。「行巻」には
- 「往生はすなはち難思議往生なり」(註 202)、
「証巻」には
- 「必至滅度の願 難思議往生」(註 306)、
『三経往生文類』には