難易の義
出典: 浄土真宗聖典『ウィキアーカイブ(WikiArc)』
なんいのぎ
阿弥陀如来が本願に選択された念仏は修しやすく万人が行じ易(やす)い行であり、その他の諸行は種々の妙行を修することの出来る一部の人のための修し難い行であること。
『選択本願念仏集』には、
- 弥陀如来、法蔵比丘の昔平等の慈悲に催されて、あまねく一切を摂せんがために、造像起塔等の諸行をもつて往生の本願となしたまはず。ただ称名念仏一行をもつてその本願となしたまへり。(選択本願念仏集 P.1209)
とある。
- →勝劣の義
◆ 参照読み込み (transclusion) JDS:難易の義
なんいのぎ/難易の義
極楽浄土への往生を目指すに際し、阿弥陀仏が本願として選取した称名念仏は、願往生人にとってもっとも修し易く、選捨した他の諸行は願往生人にとって修し難いということ。勝劣の義と対をなす。『選択集』三において法然は、阿弥陀仏が称名念仏を本願に選取し、その他の諸行を選捨した理由について、勝劣の義の説示に続けて「難易の義とは念仏は修し易く、諸行は修し難し。この故に『往生礼讃』に云く、〈問うて曰く、何が故ぞ観を作さしめずして、ただちに専ら名字を称せしむるは何の意有るや。答えて曰く、すなわち衆生障り重く、境細かく、心粗く、識颺り、神飛びて観成就し難きに由ってなり。ここを以て大聖悲憐して、ただちに勧めて専ら名字を称せしむ。正しく称名の易きが故に相続してすなわち生ずるに由る〉已上。また『往生要集』に〈問うて曰く、一切の善業各利益有って、各往生を得。何が故ぞただ念仏の一門を勧むるや。答えて曰く、今念仏を勧むることは、これ余の種々の妙行を遮するには非ず。ただこれ男女貴賤行住坐臥を簡ばず、時処諸縁を論ぜず。これを修するに難からず。乃至、臨終に往生を願求するに、その便宜を得ること念仏に如かず〉已上。故に知んぬ、念仏は易きが故に一切に通ず。諸行は難きが故に諸機に通ぜず。然ればすなわち、一切衆生をして平等に往生せしめんが為に、難を捨て易を取って本願としたまえるか。もしそれ造像起塔を以て、本願としたまわば、貧窮困乏の類は定んで往生の望を絶たん。然るに富貴の者は少なく、貧賤の者ははなはだ多し。もし智慧高才を以て本願としたまわば、愚鈍下智の者は定んで往生の望を絶たん。然るに智慧ある者は少なく、愚痴なる者ははなはだ多し。もし多聞多見を以て本願としたまわば、少聞少見の輩は定んで往生の望を絶たん。然るに多聞の者は少なく、少聞の者ははなはだ多し。もし持戒持律を以て本願としたまわば、破戒無戒の人は定んで往生の望を絶たん。然るに持戒の者は少なく、破戒の者ははなはだ多し。自余の諸行これに准じてまさに知るべし。まさに知るべし、上の諸行等を以て本願としたまわば、往生を得る者は少なく、往生せざる者は多からん。然ればすなわち弥陀如来、法蔵比丘の昔、平等の慈悲に催され、普く一切を摂せんが為に、造像起塔等の諸行を以て、往生の本願としたまわず。ただ称名念仏の一行を以て、その本願としたまえる」(聖典三・一一八~二〇/昭法全三一九~二〇)と述べ、法蔵菩薩が大いなる慈悲に基づいて一切衆生を平等に往生せしめんがために、誰しもが修められる称名念仏を本願往生行として選取し、修し難い諸行を選捨したことを明示している。
法然による難易の義の成立についてみると、『無量寿経釈』に説かれる念仏易行説は、阿弥陀仏が本願往生行に据えた念仏を未断惑の凡夫の側が「唱え易く生じ易し」(昭法全七二)行と捉えていることから、他宗の僧が自宗に留まったままで念仏することを容認しているのに対し、『選択集』に至って『往生礼讃』の説示によって観念=難、称念=易であり、『往生要集』の説示によって念仏=易であることが明らかとなり、この両書が相俟って、はじめて易行なる称名念仏を選取し、難行なる諸行を選捨するという構造の明示に成功し、ここに念仏諸行をめぐる難易の義の成立を見出すことができる。石井教道が「祖師の易というのは、祖師又は行者が選んで易としてこれを行うようであるが、今元祖は阿弥陀仏の選ばれた易の義である」(「元祖教学の思想史的研究」、浄土学二五、一九五七)と指摘しているように、諸師による念仏易行説は凡夫の視点からみたどこまでも相対的で不確実な基準に留まっているのに対し、『選択集』に説かれる阿弥陀仏自身の選択(取捨)に基づく難易の義は覚者の視点からみた絶対的で普遍的な基準に昇華されており、両者は厳然と峻別されなければならない。ここに念仏諸行の難易の義においても選択思想がいかんなく開顕され、難易の義成立の画期的意義を見出すことができる。
【参考】林田康順「法然上人〈選択思想〉と〈勝劣難易二義〉をめぐって」(『仏教論叢』四三、一九九九)、同「法然上人における難易義成立の意義—機辺から仏辺へ—」(『阿川文正先生古稀記念論文集・法然浄土教の思想と伝歴』山喜房仏書林、二〇〇一)
【執筆者:林田康順】