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「二種深信」の版間の差分

出典: 浄土真宗聖典『ウィキアーカイブ(WikiArc)』

 
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<h3>二種深信</h3>
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;浅原才市さんのうた
  
'''一'''
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:仏智不思議を疑うことのあさまし
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:三十四年 罪の詮索するからよ
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:罪の詮索無益なり
  
およそ、どのような宗教であっても、「信心」ということを重要としない宗教はないと思います。
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:罪の詮索せぬ人は
しかし、言葉は同じ「信心」でも、その意味内容はそれぞれの宗教によって、一様ではありません。
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:<kana>暖簾(のれん)</kana>すがりかホタ<ref>ホタ。朽ちた木、触れればすぐ倒れる木。</ref>すがり
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:閻魔の前で いんま後悔
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:罪の詮索する人は
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:ここで[[金剛心]]をいただく
  
 浄土真宗は、南無阿弥陀仏の名号のいわれをお聞かせいただくことによっておこさしめられる信心一つで救われるのであって、他の宗教や宗派でいわれている「信仰」や「信心」と、その性格が異なります。このよう真宗の信心の特異性を明確にあらわされるのが「二種深信」であるといえましょう。
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『歎異鈔』には、
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:願にほこりてつくらん罪も、[[宿業]]のもよほすゆゑなり。されば善きことも悪しきことも[[業報]]にさしまかせて、ひとへに本願をたのみまゐらすればこそ他力にては候へ。『唯信抄』にも、「弥陀、いかばかりのちからましますとしりてか、[[罪業]]の身なれば、すくはれがたしとおもふべき」と候ふぞかし。 ([[歎異抄#P--844|歎異抄 P.844]])
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とあるように、自らの[[自覚]]としての罪悪感に拘泥して本願を[[信受]]しなかったことを「'''仏智不思議を疑うことのあさまし'''」といい「'''罪の詮索無益なり'''」というのであろう。
  
 それだけに、またこの二種深信の理解ついては、さまざまな問題をはらんでいます。古来、信心に関する異解・異安心といわれるものの多くは、この二種深信の理解の相違から生じたものであるといっても過言ではありません。
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それはまた蓮如さんが、
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*あながちにわが身の罪のふかきにもこころをかけず、ただ阿弥陀如来を一心一向にたのみたてまつりて ([[御文二#P--1124|御文章 P.1124]])
  
'''二'''
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*それわが身の罪のふかきことをばうちおきて、ただかの阿弥陀仏をふたごころなく一向にたのみまゐらせて、([[御文三#P--1135|御文章 P.1135]])
  
『観無量寿経』に(真聖全一ー六○]
+
*ただわが身の罪のふかきには目をかけずして、それ弥陀如来の本願と申すはかかるあさましき機を本とすくひまします不思議の願力ぞとふかく信じて、弥陀を一心一向にたのみたてまつりて ([[御文三#P--1143|御文章 P.1143]])
:一つには至誠心、二つには深心、三つには廻向発願心なり。三心を具する者は必ず彼の国に生ず。
+
  
と説かれています。この三心について、善導大師は『散善義』にくわしい解釈をされています。その「深心」の解釈に(真聖全]ー五三四)
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*あながちにわが身の罪障のふかきによらず、ただもろもろの雑行のこころをやめて、一心に阿弥陀如来に帰命して、今度の一大事の後生たすけたまへとふかくたのまん衆生をば ([[御文四#P--1184|御文章 P.1184]])
  
:深心というはすなわちこれ深信の心なり。また二種あり。
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*わが身の罪のふかきことをばうちすて、仏にまかせまゐらせて、([[御文五#P--1191|御文章 P.1191]])
:一つには、決定して深く、自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、曠劫よりこのかた常に没し常に流転して、出離の縁あることなしと信ず。
+
:二つには、決定して深く、かの阿弥陀仏の四十八願は衆生を摂受して、疑いなく慮りなく、かの願力に乗じて、定んで往生をうと信ず。
+
  
とあります。はじめに、「深心というは深信(深く信ずる)の心なり」というのは、『大無量寿経』の第十八願成就文に、「聞其名号信心歓喜」とある「信心」をもって、『観経』の「深信」を解釈されたものであります。したがって、次に示される二種深信は、他力真実の信心のすがたを機と法の二種に開いてあらわされたものとしられます。ゆえに宗祖聖人は『二巻鈔』に、右の二種深信の文をあげられて(真聖全ニーー四六七)、
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*さてわが身の罪のふかきことをばうちすてて、弥陀にまかせまゐらせて、([[御文五#no14|御文章 P.1201]])
  
:いまこの深信は、他力至極の金剛心、一乗旡上の真実信海なり。
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*まづわが身のあさましき罪のふかきことをばうちすてて、([[御文五#P--1204|御文章 P.1204]])
  
と仰せられています。
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等々とされた意であった。また『御一代記聞書』には
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:一 仰せに、一念発起の義、往生は決定なり。罪消して助けたまはんとも、罪消さずしてたすけたまはんとも、弥陀如来の御はからひなり。罪の沙汰無益なり。たのむ衆生を本とたすけたまふことなりと仰せられ候ふなり。([[一代記#no39|一代記 P.1245]])
 +
と、「罪の沙汰無益なり」とある。<br />
  
 「一つには自身は現にこれ」等というのは、救われる私ども(機)について示されますから機の深信、略して信機といわれ、「二つにはかの阿弥陀仏の四十八願は」等というのは、その機を救う法について示されますから法の深信略して信法といわれます。そしてこの機と法について、それぞれ「決定して深く……信ず」とありますから、二種深信といわれます。
+
後段で「'''罪の詮索せぬ人は暖簾すがりかホタすがり'''」とあるのは、以下で星野元豊師が述べられた「ただ如来の本願力に遇うた時にのみ、はじめて知らされる罪悪深重である。仏の光に照らし出されて見せしめられる悪業煩悩である」のであろう。本願の智慧の光のゆえに己の真実の闇が知らされるのであった。
  
''''''
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星野元豊師は、『親鸞 教行信証』で、
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{{Inyou2|
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古来、「悪人正機説」として、『歎異妙』の「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」という有名な言葉に代表されて、親鸞のすぐれた特色とされているものである。たしかにそれは本願の呼び声に接して不信の自已を徹底的に見つめた者の呟かずにはおれなかった述懐であろう。親鸞の罪悪深重、虚仮不実の告白もここから生まれたものである。謗法こそ罪悪の極である。親鸞の罪悪への徹見は多くの人の胸をうち、共感をよび、その罪悪観は彼の特色として高く評価されてきている。たしかに罪悪深重煩悩熾盛の痛烈なる体験は他に比をみない。ところが親鸞のこの罪悪観に共鳴する人たちが、道徳的罪悪の深化したものとして理解しがちであるように思う。より正確にいうと、人間的反省に反省を加えた極、獲られた罪悪観ととりがちであった。例えば「わが身は罪深き悪人なりと思いつめて」というごとき表現によって示されるような罪悪の自覚と同一視されがちであった。しかし親鸞の罪悪はただ如来の本願力に遇うた時にのみ、はじめて知らされる罪悪深重である。仏の光に照らし出されて見せしめられる悪業煩悩である。人間的な罪悪の自覚とは全く質的に異なり、次元を異にしたものなのである。人間的罪悪と親鸞のいう罪悪とは絶対に混同することの許されないものである。もしそれが一厘でも混同されるとき、親鸞の罪悪観はたちまち甘いセンチメンタリズムに堕するか、すべてを深刻ぶって表現する'''道学者の罪悪観'''に顛落するであろうからである。わたくしは今までいく度かその例を見ているがゆえに、人間的罪悪観と親鸞の罪悪観との区別を厳しく誠めたいと思う。→[[hwiki:『教行信証』の思想と内容#十八願の信|『親鸞 教行信証』──原典日本仏教の思想──]] より。
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}}
  
 機の深信の中、「自身は現にこれ罪悪生死の凡夫」というのは現在の私のすがたで、罪悪(迷いの因)生死(迷いの果)の凡夫であるという。「曠劫よりこのかた」等とは私の過去のすがたで、始めなき大昔から、いつも悪道に沈み(常没)、迷界をへめぐってきた(常流転)という。「出離の縁あることなし」とは、迷界を出る手がかりがないという。前に現在と過去のすがたを示されていますから、この文は将来にむかって、<u>今後も迷界を出る手がかりがないという意味</u>と受けとることができます。
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西田幾多郎は、わが子を亡くしたことを綴って以下のように言う。
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{{Inyou2|
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最後に、いかなる人も我子の死という如きことに対しては、種々の迷を起さぬものはなかろう。あれをしたらばよかった、これをしたらよかったなど、思うて返らぬ事ながら徒らなる後悔の念に心を悩ますのである。<br />
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しかし何事も運命と諦めるより外はない。運命は外から働くばかりでなく内からも働く。我々の過失の背後には、不可思議の力が支配しているようである、後悔の念の起るのは自己の力を信じ過ぎるからである。我々はかかる場合において、深く己の無力なるを知り、己を棄てて絶大の力に帰依《きえ》する時、後悔の念は転じて懺悔《ざんげ》の念となり、心は重荷を卸《おろ》した如く、自ら救い、また死者に詫びることができる。『歎異抄』に「念仏はまことに浄土に生るゝ種にてやはんべるらん、また地獄に堕《お》つべき業にてやはんべるらん、総じてもて存知せざるなり」といえる尊き信念の面影をも窺《うかが》うを得て、無限の新生命に接することができる。→[http://www.aozora.gr.jp/cards/000182/files/3506_13513.html 『我が子の死』西田幾多郎]
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同じ意を三木清は著述『親鸞』の中で、
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 親鸞の文章には到るところ懺悔がある。同時にそこには到るところ讃歎がある。懺悔と讃歎と、讃歎と懺悔と、つねに相応じている。自己の告白、懺悔は内面性のしるしである。しかしながら単なる懺悔、讃歎の伴わない懺悔は真の懺悔ではない。懺悔は讃歎に移り、讃歎は懺悔に移る、そこに宗教的内面性がある。親鸞はすぐれて宗教的な人間であった。懺悔と讃歎とは宗教の両面の表現である。〔欄外 Augustinus〕<ref>アウグスティヌスの『懴悔録』を想起しているのだと思われる</ref> 親鸞の文章からただ懺悔に属するもののみを取り出して、彼の宗教の人間的であることを論ずる者は、彼の思想を単に美的なもの、文芸的なものにしてしまうことであって、いまだ宗教的人間のいかなるものであるかを知らざるものといわねばならぬ。親鸞における人間の問題はどこまでも宗教的人間の問題、宗教的人間の存在の仕方の問題でなければならぬ。懺悔は単なる反省から生ずるものではない。自己の反省から生ずるものは、それが極めて真面目な道徳的反省であっても、後悔というものに過ぎず、後悔と懺悔とは別のものである。〔欄外「後悔はそれぞれの行為、懺悔は全存在にかかわる。」〕後悔はわれの立場においてなされるものであり、後悔する者にはなおわれの力に対する信頼がある。懺悔はかくのごときわれを去るところに成立する。われはわれを去って、絶対的なものに任せきる。そこに発せられる言葉はもはやわれが発するのではない。{{DotUL|自己は語る者ではなくてむしろ聞く者である}}。聞き得るためには己れを空しくしなければならぬ。かくして語られる言葉はまことを得る。およそ懺悔はまことの心の流露であるべきはずである。しかるにまことの心になるということはいかに困難であるか。自己を懺悔する言葉のうちにいかに容易に他に対してかえって自己を誇示する心が忍び込み、またいかに容易に罪に対してかえって自己を甘やかす心が潜み入ることであるか。→[http://www.aozora.gr.jp/cards/000218/files/46946_28584.html 『親鸞』三木清]
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西田幾多郎は、「後悔の念の起るのは自己の力を信じ過ぎるからである」からだという。三木清は、「後悔する者にはなおわれの力に対する信頼がある。懺悔はかくのごときわれを去るところに成立する」とされ、後悔することは自らの心の中での、逡巡でありそのような行為には救いがないということであろう。機の深信とは宗教的真実なるものと出遇ったときにはじめて発動する懺悔をいうのである。才市翁がいう「罪の詮索する人は ここで金剛心をいただく」とは、このような真心徹到[[高僧和讃#no75|(*)]]する機の深信をいうのであろう。<br />
  
 そうしますと、私はいま罪悪生死の凡夫であるばかりでなく、これまでも、これから後も、迷界を出ることのできない身である、とはっきり知らせていただくのが機の深信であります。
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しかし、それでは煩悩に明け暮れて、懴悔することも知らない我らにはなす術(すべ)がないのであろうか。いやそうではない。御開山は「称仏六字 即嘆仏即懺悔(仏の六字を称せば即ち仏を嘆ずるなり、即ち懺悔するなり)」ということを教えて下さった。
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なんまんだぶを称えることは、このような懴悔と同じ懴悔することになるのである、と御開山は示される。御開山は『尊号真像銘文』で、智栄の善導大師の徳をほめる讃を引かれ、
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{{Inyou|
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:「称仏六字」といふは、南無阿弥陀仏の六字をとなふるとなり。「即嘆仏」といふは、すなはち南無阿弥陀仏をとなふるは仏を{{DotUL|ほめたてまつるになる}}となり。また「即懺悔」といふは、南無阿弥陀仏をとなふるは、すなはち無始よりこのかたの罪業を{{DotUL|懺悔するになると申すなり}}。([[尊号真像銘文#P--655|尊号 P.655]])
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}}
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とされ、なんまんだぶを称えることは阿弥陀仏を讃嘆し懴悔{{DotUL|することになるのである}}とされおられた。このように「なる」のではなく「なるとなり」とされるのは、法性法身の如来は、
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{{Inyou|
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:「法身はいろもなし、かたちもましまさず。しかれば、こころもおよばれず、ことばもたえたり。」([[唯文#P--709|唯文 P.709]])
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}}
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であり衆生にはその徳は窺う術もない。仏徳を讃嘆し懴悔する為にはその徳を知らなければ如実に讃嘆・懴悔したことにはならない。その意味では仏徳に如実に相応した讃嘆や懴悔は衆生には不可能である。しかし、なんまんだぶを称えれば、真に仏徳を讃嘆することになり、真の懺悔をすることになるのだとお示しであった。
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このような表現をされるのは『論註』の二種法身説により、
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{{Inyou|
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:この一如宝海よりかたちをあらはして、法蔵菩薩となのりたまひて、無碍のちかひをおこしたまふをたねとして、阿弥陀仏となりたまふがゆゑに、報身如来と申すなり。これを尽十方無碍光仏となづけたてまつれるなり。この如来を南無不可思議光仏とも申すなり。
 +
:この如来を方便法身とは申すなり。方便と申すは、かたちをあらはし、{{DotUL|御なをしめして、衆生にしらしめたまふ}}を申すなり。すなはち阿弥陀仏なり。([[一多#P--690|一多 P.690]])
 +
}}
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とされ、法性法身そのものが方便法身として「かたちをあらはし、御なをしめして、衆生にしらしめたまふ」、[[垂名示形]](名を垂れ形を示す)の名号によって衆生を[[済度]]する法であったからであった。爺さんは、真実は真実だけでは真実にならん。真実は真実ならざるもの(方便)をとおして真実をあらわす。これがホンマもんの真実じゃ、といっていた。阿弥陀如来の真実の智慧は、[[大悲]]として凡愚なる者と交渉を持つから真実の智慧なのであった。<br />
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浄土真宗は名号(なんまんだぶ)をもって衆生を[[済度]]する可聞・可称の法義([[名号度生]])である。その意を、
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{{Inyou|
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:いはんやわが弥陀は名をもつて物を接したまふ。ここをもつて、耳に聞き口に誦するに、無辺の聖徳、識心に攬入す。永く仏種となりて頓に億劫の重罪を除き、{{DotUL|無上菩提を獲証す}}。([[行巻#no51|行巻 P.180]])
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}}
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と、わが弥陀は、名をもって物を[[済度]]する名号度生の法であるから、なんまんだぶを称える中に真の讃嘆の意もまことの懺悔の意もあるのであった。衆生の千々に乱れる衆生個々の心をもっては阿弥陀如来の大悲が全うしないから、「同一に念仏して別の道なきがゆゑに(同一念仏無別道故)」([[浄土論註 (七祖)#P--120|論註 P.120]])と[[誓願一仏乗]]の念仏成仏の道を示されたのであった。
 +
:大行とはすなはち無碍光如来の名を称するなり。この行はすなはちこれもろもろの善法を摂し、もろもろの徳本を具せり。極速円満す、真如一実の功徳宝海なり。ゆゑに大行と名づく。
 +
:しかるにこの行は大悲の願(第十七願)より出でたり。([[行巻#P--141|行巻 P.141]])
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と、なんまんだぶを称えることは「しかるにこの行は大悲の願(第十七願)より出でたり(然斯行者 出於大悲願)」とされた所以である。
  
'''四'''
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なんまんだぶ なんまんだぶ
 
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法の深信の中、「かの阿弥陀仏の四十八願は」というのは、意は第十八願を指しています。四十八願全体が衆生を救わずにはおかぬという第十八願に総摂されますから、今は第十八願のことを四十八願と仰せられたのです。「衆生を摂受して」というのは、「衆生」とは前の機の深信で示された衆生、すなわち迷界を出る手がかりのない私で、その私をお救いくださるのが阿弥陀仏の願力であるという。
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<references />
 
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<p id="page-top">[[#|▲]]</p>
 「疑いなく慮りなく」というのは、上の文に属して「衆生を摂受したもうこと、疑いなく慮りなし」というふうに見れぱ、阿弥陀仏が衆生を救いたもうことに一点の危ぶみもないという意になります。下の文に属して「疑いなく慮りなく彼の願力に乗じて」と見れば、願力に乗ずる私の心相が一点の危ぶみもないという意になります。機を救う法の側に危ぶみがないから、この法に救われる機の側に危ぶみがないのです。今の文は下の文に属して、衆生が一点の危ぶみもなく願力にお任せする意と見るのが文の当分でありましょう。
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[[Category:追記]]
 
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 「かの願力に乗じて」というのは、「乗」は船に乗るとか車に乗るというように乗託する(任せる)ことであって、阿弥陀仏の願力にお任せすること。「定んで往生をう」とは、まちがいなく真実報土に往き生まれることができるということであります。
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 そうしますと、阿弥陀仏の願力は迷界を出る手がかりのない私どもをお救いくださる法である、とはっきり信知させていただくのが法の深信であります。
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'''五'''
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 この機法二種の深信は別々の二つの信心ではありません。前述のように、名号のおいわれを聞くことによっておこさしめられた他力の信心を機の側と法の側とに分けて示されたものであります。すでに(1)「聞信義相」の論題でうかがった通り、宗祖聖人は第十八願成就文の「聞其名号」を解釈されて(真聖全ニー七二)、
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:聞というは、衆生、仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし。これを聞というなり。
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と示されています。「仏願の生起」は出離の縁あることなき私どもであり、「本末」とは、そのような私どものために願をおこし行をはげんで(本)、現在果成の阿弥陀仏となり、私どもに救いをよびかけていてくださること(末)であります。この仏願の生起本末を聞いて、その通りに領解できたのが「疑心あることなし」の信心ですから、常に没し常に流転して出離の縁あることなき私(機)をお救いくださるのが阿弥陀仏の願力(法)である、と信知せしめられます。ゆえに信機と信法とは二種一具であるといわれます。
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'''六'''
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 機の深信とは、機実すなわち私の本当のすがたを知らされることであり、法の深信とは、法実すなわち如来の願力の本当のすがたを知らされることであります。
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 機実を知らされるということは、罪悪生死の凡夫で出離の縁あることなき私であると知らされることであり、出離の縁あることなき私であると知らされることは、<u>私のカが出離のために役に立たないと知らされることであり、私の力が役に立たないと知らされることは、私のはからいを捨てるということであります。</u>ですから、'''信機は捨機'''であるといわれます。
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 法実を知らされるということは、如来の願力のひとりばたらきで救われると知らされることであり、願力のひとりばたらきで救われると知らされることは、すっかり願力にお任せするということであります。ですから、信法は託法であるといわれるのであります。
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 わがはからいを捨てたのでなければ、如来の願力にお任せしたとはいえませんし、如来の願力にお任せしたのでなければ、わがはからいを捨てたとはいえません。いいかえますと、白力を捨てたのでなければ他力に帰したとはいえませんし、他力に帰したのでなげれば自力を捨てたとはいえません。こういう意味において、捨機即託法であり、捨自即帰他であります。
+
 
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'''七'''
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 善導大師の『往生礼讃』前序の安心を示されるところにも、『観経』の三心を示されてあって、その深心の解釈に(真聖全一ー六四九)、
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:二つには深心。すなわちこれ真実の信心なり。自身はこれ煩悩を具足せる凡夫、善根薄少にして、三界に流転して、火宅を出でずと信知す。
+
:いま弥陀の本弘誓願は、名号を称すること下至十声一声等に及ぶまで、定んで往生を得しむと信知して、乃(いま)し一念に至るまで疑心あることなし。かるが中えに深心と名つく。
+
 
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と述べられています。この『礼讃』では「一つには……二つには」と二種を分けず、「深く信ず」の代わりに「信知す」となっていますが、『散善義』の二種深信と同じで、信機と信法が示されています。
+
 
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 信機について見ますと、『散善義』はくわしくて「『礼讃』は簡略であり、『散善義』は罪悪のみを示すのに対して『礼讃』は「善根薄少」と善も示されていますが、所詮「出離の縁あることなし」と「三界を出でず」と同じ意味であります。
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 信法について見ますと、『散善義』では文面に称名が出ていませんが、『礼讃』には称名が出ています。しかし、『散善義』にあっては、ひろく七深信が述べられていて、その第七深信の就行立信の釈(真聖全一ー五三八)には、「一心専念弥陀名号」の称名が第十八願に順ずる正定の業として示されています。
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 こういうわけで、『散善義』の釈と『礼讃』の釈とは異なるものではありません。
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'''八'''
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 二種深信の信機は、いわゆる三定死とは異なります。三定死というのは、『散善義』の三心釈に示された二河白道の譬喩の中(真聖全一ー五四○)に、かえるも死、とどまるも死、ゆくも死とあるもので、それはみずからの罪業におそれおののく絶望のすがたです。これはまだ釈迦のお勧め、弥陀のよぴ声が聞こえない時の心相です。機の深信は名号を聞信した心相であって、己の罪におののく恐怖の心相ではありません。
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 二種深信は、機の深信が前で法の深信が後におこるのでもなく、同時に並び起こる別個の心相でもなく、また信後には信機がなくなるのでもありません。初後一貫する他力信心のすがたであります。
+
 
+
『やさしい安心論題の話』灘本愛慈 p66~
+

2023年12月5日 (火) 17:38時点における最新版

浅原才市さんのうた
仏智不思議を疑うことのあさまし
三十四年 罪の詮索するからよ
罪の詮索無益なり
罪の詮索せぬ人は
暖簾(のれん)すがりかホタ[1]すがり
閻魔の前で いんま後悔
罪の詮索する人は
ここで金剛心をいただく

『歎異鈔』には、

願にほこりてつくらん罪も、宿業のもよほすゆゑなり。されば善きことも悪しきことも業報にさしまかせて、ひとへに本願をたのみまゐらすればこそ他力にては候へ。『唯信抄』にも、「弥陀、いかばかりのちからましますとしりてか、罪業の身なれば、すくはれがたしとおもふべき」と候ふぞかし。 (歎異抄 P.844)

とあるように、自らの自覚としての罪悪感に拘泥して本願を信受しなかったことを「仏智不思議を疑うことのあさまし」といい「罪の詮索無益なり」というのであろう。

それはまた蓮如さんが、

  • あながちにわが身の罪のふかきにもこころをかけず、ただ阿弥陀如来を一心一向にたのみたてまつりて (御文章 P.1124)
  • それわが身の罪のふかきことをばうちおきて、ただかの阿弥陀仏をふたごころなく一向にたのみまゐらせて、(御文章 P.1135)
  • ただわが身の罪のふかきには目をかけずして、それ弥陀如来の本願と申すはかかるあさましき機を本とすくひまします不思議の願力ぞとふかく信じて、弥陀を一心一向にたのみたてまつりて (御文章 P.1143)
  • あながちにわが身の罪障のふかきによらず、ただもろもろの雑行のこころをやめて、一心に阿弥陀如来に帰命して、今度の一大事の後生たすけたまへとふかくたのまん衆生をば (御文章 P.1184)
  • わが身の罪のふかきことをばうちすて、仏にまかせまゐらせて、(御文章 P.1191)
  • さてわが身の罪のふかきことをばうちすてて、弥陀にまかせまゐらせて、(御文章 P.1201)
  • まづわが身のあさましき罪のふかきことをばうちすてて、(御文章 P.1204)

等々とされた意であった。また『御一代記聞書』には

一 仰せに、一念発起の義、往生は決定なり。罪消して助けたまはんとも、罪消さずしてたすけたまはんとも、弥陀如来の御はからひなり。罪の沙汰無益なり。たのむ衆生を本とたすけたまふことなりと仰せられ候ふなり。(一代記 P.1245)

と、「罪の沙汰無益なり」とある。

後段で「罪の詮索せぬ人は暖簾すがりかホタすがり」とあるのは、以下で星野元豊師が述べられた「ただ如来の本願力に遇うた時にのみ、はじめて知らされる罪悪深重である。仏の光に照らし出されて見せしめられる悪業煩悩である」のであろう。本願の智慧の光のゆえに己の真実の闇が知らされるのであった。

星野元豊師は、『親鸞 教行信証』で、

古来、「悪人正機説」として、『歎異妙』の「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」という有名な言葉に代表されて、親鸞のすぐれた特色とされているものである。たしかにそれは本願の呼び声に接して不信の自已を徹底的に見つめた者の呟かずにはおれなかった述懐であろう。親鸞の罪悪深重、虚仮不実の告白もここから生まれたものである。謗法こそ罪悪の極である。親鸞の罪悪への徹見は多くの人の胸をうち、共感をよび、その罪悪観は彼の特色として高く評価されてきている。たしかに罪悪深重煩悩熾盛の痛烈なる体験は他に比をみない。ところが親鸞のこの罪悪観に共鳴する人たちが、道徳的罪悪の深化したものとして理解しがちであるように思う。より正確にいうと、人間的反省に反省を加えた極、獲られた罪悪観ととりがちであった。例えば「わが身は罪深き悪人なりと思いつめて」というごとき表現によって示されるような罪悪の自覚と同一視されがちであった。しかし親鸞の罪悪はただ如来の本願力に遇うた時にのみ、はじめて知らされる罪悪深重である。仏の光に照らし出されて見せしめられる悪業煩悩である。人間的な罪悪の自覚とは全く質的に異なり、次元を異にしたものなのである。人間的罪悪と親鸞のいう罪悪とは絶対に混同することの許されないものである。もしそれが一厘でも混同されるとき、親鸞の罪悪観はたちまち甘いセンチメンタリズムに堕するか、すべてを深刻ぶって表現する道学者の罪悪観に顛落するであろうからである。わたくしは今までいく度かその例を見ているがゆえに、人間的罪悪観と親鸞の罪悪観との区別を厳しく誠めたいと思う。→『親鸞 教行信証』──原典日本仏教の思想── より。

西田幾多郎は、わが子を亡くしたことを綴って以下のように言う。

最後に、いかなる人も我子の死という如きことに対しては、種々の迷を起さぬものはなかろう。あれをしたらばよかった、これをしたらよかったなど、思うて返らぬ事ながら徒らなる後悔の念に心を悩ますのである。
しかし何事も運命と諦めるより外はない。運命は外から働くばかりでなく内からも働く。我々の過失の背後には、不可思議の力が支配しているようである、後悔の念の起るのは自己の力を信じ過ぎるからである。我々はかかる場合において、深く己の無力なるを知り、己を棄てて絶大の力に帰依《きえ》する時、後悔の念は転じて懺悔《ざんげ》の念となり、心は重荷を卸《おろ》した如く、自ら救い、また死者に詫びることができる。『歎異抄』に「念仏はまことに浄土に生るゝ種にてやはんべるらん、また地獄に堕《お》つべき業にてやはんべるらん、総じてもて存知せざるなり」といえる尊き信念の面影をも窺《うかが》うを得て、無限の新生命に接することができる。→『我が子の死』西田幾多郎

同じ意を三木清は著述『親鸞』の中で、

 親鸞の文章には到るところ懺悔がある。同時にそこには到るところ讃歎がある。懺悔と讃歎と、讃歎と懺悔と、つねに相応じている。自己の告白、懺悔は内面性のしるしである。しかしながら単なる懺悔、讃歎の伴わない懺悔は真の懺悔ではない。懺悔は讃歎に移り、讃歎は懺悔に移る、そこに宗教的内面性がある。親鸞はすぐれて宗教的な人間であった。懺悔と讃歎とは宗教の両面の表現である。〔欄外 Augustinus〕[2] 親鸞の文章からただ懺悔に属するもののみを取り出して、彼の宗教の人間的であることを論ずる者は、彼の思想を単に美的なもの、文芸的なものにしてしまうことであって、いまだ宗教的人間のいかなるものであるかを知らざるものといわねばならぬ。親鸞における人間の問題はどこまでも宗教的人間の問題、宗教的人間の存在の仕方の問題でなければならぬ。懺悔は単なる反省から生ずるものではない。自己の反省から生ずるものは、それが極めて真面目な道徳的反省であっても、後悔というものに過ぎず、後悔と懺悔とは別のものである。〔欄外「後悔はそれぞれの行為、懺悔は全存在にかかわる。」〕後悔はわれの立場においてなされるものであり、後悔する者にはなおわれの力に対する信頼がある。懺悔はかくのごときわれを去るところに成立する。われはわれを去って、絶対的なものに任せきる。そこに発せられる言葉はもはやわれが発するのではない。自己は語る者ではなくてむしろ聞く者である。聞き得るためには己れを空しくしなければならぬ。かくして語られる言葉はまことを得る。およそ懺悔はまことの心の流露であるべきはずである。しかるにまことの心になるということはいかに困難であるか。自己を懺悔する言葉のうちにいかに容易に他に対してかえって自己を誇示する心が忍び込み、またいかに容易に罪に対してかえって自己を甘やかす心が潜み入ることであるか。→『親鸞』三木清

西田幾多郎は、「後悔の念の起るのは自己の力を信じ過ぎるからである」からだという。三木清は、「後悔する者にはなおわれの力に対する信頼がある。懺悔はかくのごときわれを去るところに成立する」とされ、後悔することは自らの心の中での、逡巡でありそのような行為には救いがないということであろう。機の深信とは宗教的真実なるものと出遇ったときにはじめて発動する懺悔をいうのである。才市翁がいう「罪の詮索する人は ここで金剛心をいただく」とは、このような真心徹到(*)する機の深信をいうのであろう。

しかし、それでは煩悩に明け暮れて、懴悔することも知らない我らにはなす術(すべ)がないのであろうか。いやそうではない。御開山は「称仏六字 即嘆仏即懺悔(仏の六字を称せば即ち仏を嘆ずるなり、即ち懺悔するなり)」ということを教えて下さった。 なんまんだぶを称えることは、このような懴悔と同じ懴悔することになるのである、と御開山は示される。御開山は『尊号真像銘文』で、智栄の善導大師の徳をほめる讃を引かれ、

「称仏六字」といふは、南無阿弥陀仏の六字をとなふるとなり。「即嘆仏」といふは、すなはち南無阿弥陀仏をとなふるは仏をほめたてまつるになるとなり。また「即懺悔」といふは、南無阿弥陀仏をとなふるは、すなはち無始よりこのかたの罪業を懺悔するになると申すなり。(尊号 P.655)

とされ、なんまんだぶを称えることは阿弥陀仏を讃嘆し懴悔することになるのであるとされおられた。このように「なる」のではなく「なるとなり」とされるのは、法性法身の如来は、

「法身はいろもなし、かたちもましまさず。しかれば、こころもおよばれず、ことばもたえたり。」(唯文 P.709)

であり衆生にはその徳は窺う術もない。仏徳を讃嘆し懴悔する為にはその徳を知らなければ如実に讃嘆・懴悔したことにはならない。その意味では仏徳に如実に相応した讃嘆や懴悔は衆生には不可能である。しかし、なんまんだぶを称えれば、真に仏徳を讃嘆することになり、真の懺悔をすることになるのだとお示しであった。 このような表現をされるのは『論註』の二種法身説により、

この一如宝海よりかたちをあらはして、法蔵菩薩となのりたまひて、無碍のちかひをおこしたまふをたねとして、阿弥陀仏となりたまふがゆゑに、報身如来と申すなり。これを尽十方無碍光仏となづけたてまつれるなり。この如来を南無不可思議光仏とも申すなり。
この如来を方便法身とは申すなり。方便と申すは、かたちをあらはし、御なをしめして、衆生にしらしめたまふを申すなり。すなはち阿弥陀仏なり。(一多 P.690)

とされ、法性法身そのものが方便法身として「かたちをあらはし、御なをしめして、衆生にしらしめたまふ」、垂名示形(名を垂れ形を示す)の名号によって衆生を済度する法であったからであった。爺さんは、真実は真実だけでは真実にならん。真実は真実ならざるもの(方便)をとおして真実をあらわす。これがホンマもんの真実じゃ、といっていた。阿弥陀如来の真実の智慧は、大悲として凡愚なる者と交渉を持つから真実の智慧なのであった。
浄土真宗は名号(なんまんだぶ)をもって衆生を済度する可聞・可称の法義(名号度生)である。その意を、

いはんやわが弥陀は名をもつて物を接したまふ。ここをもつて、耳に聞き口に誦するに、無辺の聖徳、識心に攬入す。永く仏種となりて頓に億劫の重罪を除き、無上菩提を獲証す。(行巻 P.180)

と、わが弥陀は、名をもって物を済度する名号度生の法であるから、なんまんだぶを称える中に真の讃嘆の意もまことの懺悔の意もあるのであった。衆生の千々に乱れる衆生個々の心をもっては阿弥陀如来の大悲が全うしないから、「同一に念仏して別の道なきがゆゑに(同一念仏無別道故)」(論註 P.120)と誓願一仏乗の念仏成仏の道を示されたのであった。

大行とはすなはち無碍光如来の名を称するなり。この行はすなはちこれもろもろの善法を摂し、もろもろの徳本を具せり。極速円満す、真如一実の功徳宝海なり。ゆゑに大行と名づく。
しかるにこの行は大悲の願(第十七願)より出でたり。(行巻 P.141)

と、なんまんだぶを称えることは「しかるにこの行は大悲の願(第十七願)より出でたり(然斯行者 出於大悲願)」とされた所以である。

なんまんだぶ なんまんだぶ


  1. ホタ。朽ちた木、触れればすぐ倒れる木。
  2. アウグスティヌスの『懴悔録』を想起しているのだと思われる