尊号真像銘文

出典: 浄土真宗聖典プロジェクト『ウィキアーカイブ(WikiArc)』
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書名にある「尊号」や「真像」とは、礼拝の対象とされていたものを指している。「尊号」とは本尊としての名号という意味で、六字・九字・十字などの名号があるが、その銘の文からみて恐らく十字名号であろうと推定される。また「真像」とは善導大師・法然上人などの浄土真宗伝統の祖師方の肖像画のことである。そしてそれらの名号や画像の上下に書かれた経・論・釈の讃文のことを「銘文」という。したがって本書は、親鸞聖人が、その当時に本尊として安置された名号や祖師の画像の讃文を集め、そのこころを解説されたものである。しかし、どの讃文がどの真像の銘文にあたるのかは、にわかには判断しがたい。

 本書には広略2本があるが、広本では、本末2巻に分かれ13種21文があげられる。本巻は『大経』の3文、『首楞厳経』の1文、『十住毘婆沙論』の1文、『浄土論』の2文、迦才の1文、智栄の1文、善導大師の3文、太子礼讃の2文、末巻は源信和尚の1文、劉官(隆寛)の法然讃1文、法然上人の3文、聖覚法印の1文、親鸞聖人ご自身の1文からなっている。

 全般的に言えば、冒頭に挙げる『大経』の第十八願に誓われた本願力によって、どのような悪人も本願を信ずる一念に正定聚に住し、念仏往生を遂げて成仏の証果をうるという浄土真宗の肝要を、それぞれの銘文によって解説し、そのことを示された祖師方を讃嘆されたものである。

尊号真像銘文

尊号真像銘文 本

【1】 『大無量寿経』言「設我得仏 十方衆生 至心信楽 欲生我国 乃至十念 若不生者 不取正覚 唯除五逆 誹謗正法」(上)[文]

 「大無量寿経言」といふは、如来の四十八願を説きたまへる経なり。「設我得仏」といふは、もしわれ仏を得たらんときといふ御ことばなり。「十方衆生」といふは、十方のよろづの衆生といふなり。
「至心信楽」といふは、「至心」は真実と申すなり、真実と申すは如来の御ちかひの真実なるを至心と申すなり。煩悩具足の衆生は、もとより真実の心なし、清浄の心なし、濁悪邪見のゆゑなり。
「信楽」といふは、如来の本願真実にましますを、ふたごころなくふかく信じて疑はざれば、信楽と申すなり。この「至心信楽」は、すなはち十方の衆生をして、わが真実なる誓願を信楽すべしとすすめたまへる御ちかひの至心信楽なり、凡夫自力のこころにはあらず。
「欲生我国」といふは、他力の至心信楽のこころをもつて安楽浄土に生れんとおもへとなり。

「乃至十念」と申すは、如来のちかひの名号をとなへんことをすすめたまふに、遍数の定まりなきほどをあらはし、時節を定めざることを衆生にしらせんとおぼしめして、乃至のみことを十念のみなにそへて誓ひたまへるなり。如来より御ちかひをたまはりぬるには、尋常の時節をとりて臨終の称念をまつべからず、ただ如来の至心信楽をふかくたのむべしとなり。

この真実信心をえんとき、摂取不捨の心光に入りぬれば、正定聚の位に定まるとみえたり。「若不生者不取正覚」といふは、「若不生者」はもし生れずはといふみことなり、「不取正覚」は仏に成らじと誓ひたまへるみのりなり。このこころはすなはち至心信楽をえたるひと、わが浄土にもし生れずは仏に成らじと誓ひたまへる御のりなり。この本願のやうは『唯信抄』によくよくみえたり。「唯信」と申すは、すなはちこの真実信楽をひとすぢにとるこころを申すなり。「唯除五逆誹謗正法」といふは、「唯除」といふはただ除くといふことばなり、五逆のつみびとをきらひ、誹謗のおもきとがをしらせんとなり。このふたつの罪のおもきことをしめして、十方一切の衆生みなもれず往生すべしとしらせんとなり。

【2】 又言「其仏本願力 聞名欲往生 皆悉到彼国 自致不退転」(大経・下)と。

 「其仏本願力」といふは、弥陀の本願力と申すなり。「聞名欲往生」といふは、「聞」といふは如来のちかひの御なを信ずと申すなり、「欲往生」といふは安楽浄刹に生れんとおもへとなり。「皆悉到彼国」といふは、御ちかひのみなを信じて生れんとおもふ人は、みなもれずかの浄土に到ると申す御ことなり。

「自致不退転」といふは、「自」はおのづからといふ、おのづからといふは衆生のはからひにあらず、しからしめて不退の位にいたらしむとなり、自然といふことばなり。「致」といふはいたるといふ、むねとすといふ、如来の本願のみなを信ずる人は、自然に不退の位にいたらしむるをむねとすべしとおもへとなり。「不退」といふは仏にかならず成るべき身と定まる位なり。これすなはち正定聚の位にいたるをむねとすべしと説きたまへる御のりなり。


【3】 又言「必得超絶去 往生安養国 横截五悪趣 悪趣自然閉 昇道無窮極 易往而無人 其国不逆違 自然之所牽」(大経・下){抄出}

 「必得超絶去往生安養国」といふは、「必」はかならずといふ、かならずといふは定まりぬといふこころなり、また自然といふこころなり。 「得」はえたりといふ。「超」はこえてといふ。「絶」はたちすてはなるといふ。「去」はすつといふ、ゆくといふ、さるといふなり。娑婆世界をたちすてて流転生死をこえはなれてゆきさるといふなり。安養浄土に往生をうべしとなり。「安養」といふは弥陀をほめたてまつるみこととみえたり、すなはち安楽浄土なり。「横截五悪趣悪趣自然閉」といふは、「横」はよこさまといふ、よこさまといふは如来の願力を信ずるゆゑに行者のはからひにあらず、五悪趣を自然にたちすて四生をはなるるを横といふ、他力と申すなり、これを横超といふなり。

横は竪に対することばなり、は迂に対することばなり、竪はたたさま、迂はめぐるとなり、竪と迂とは自力聖道のこころなり、横超はすなはち他力真宗の本意なり。「截」といふはきるといふ、五悪趣のきづなをよこさまにきるなり。「悪趣自然閉」といふは、願力に帰命すれば五道生死をとづるゆゑに自然閉といふ、「閉」はとづといふなり。本願の業因にひかれて自然に生るるなり。

「昇道無窮極」といふは、「昇」はのぼるといふ、のぼるといふは無上涅槃にいたる、これを昇といふなり。「道」は大涅槃道なり。「無窮極」といふはきはまりなしとなり。「易往而無人」といふは、「易往」はゆきやすしとなり、本願力に乗ずれば本願の実報土に生るること疑なければ、ゆきやすきなり。

「無人」といふはひとなしといふ、人なしといふは真実信心の人はありがたきゆゑに実報土に生るる人まれなりとなり。しかれば源信和尚は、「報土に生るる人はおほからず、化土に生るる人はすくなからず」(往生要集・下意)とのたまへり。「其国不逆違自然之所牽」といふは、「其国」はそのくにといふ、すなはち安養浄刹なり。「不逆違」はさかさまならずといふ、たがはずといふなり。「逆」はさかさまといふ、「違」はたがふといふなり。

真実信をえたる人は大願業力のゆゑに、自然に浄土の業因たがはずして、かの業力にひかるるゆゑにゆきやすく、無上大涅槃にのぼるにきはまりなしとのたまへるなり。しかれば「自然之所牽」と申すなり。他力の至心信楽の業因の自然にひくなり。これを「牽」といふなり。「自然」といふは行者のはからひにあらずとなり。


【4】 大勢至菩薩御銘文

 『首楞厳経』言「勢至獲念仏円通 大勢至法王子 与其同倫五十二菩薩 即従座起 頂礼仏足而白仏言 我憶往昔恒河沙劫 有仏出世名無量光 十二如来相継一劫 其最後仏名超日月光 彼仏教我念仏三昧{乃至} 若衆生心憶仏念仏 現前当来必定見仏 去仏不遠不仮方便自得心開 如染香人身有香気 此則名曰香光荘厳 我本因地 以念仏心入無生忍 今於此界 摂念仏人帰於浄土」{以上略出}[1]

 「勢至獲念仏円通」といふは、勢至菩薩、念仏を獲たまふと申すことなり。「獲」といふはうるといふことばなり、うるといふはすなはち因位のときさとりをうるといふ。念仏を勢至菩薩さとりうると申すなり。「大勢至法王子与其同倫」といふは、五十二菩薩と勢至とおなじきともと申す、法王子とその菩薩とおなじきともと申すを「与其同倫」といふなり。「即従座起頂礼仏足而白仏言」と申すは、すなはち座よりたち仏の御足を礼して仏にまうしてまうさくとなり。「我憶往昔」といふは、われむかし恒河沙劫の数のとしをおもふといふこころなり。

「有仏出世名無量光」と申すは、仏、世に出でさせたまひしと申す御ことばなり、世に出でさせたまひし仏は阿弥陀如来なりと申すなり。十二光仏、十二度世に出でさせたまふを、「十二如来相継一劫」と申すなり。「十二如来」と申すは、すなはち阿弥陀如来の十二光の御名なり、「相継一劫」といふは、十二光仏の十二度世に出でさせたまふをあひつぐといふなり。

「其最後仏名超日月光」と申すは、十二光仏の世に出でさせたまひしをはりの仏を「超日月光仏」と申すとなり。「彼仏教我念仏三昧」と申すは、かの最後の超日月光仏の念仏三昧を勢至には教へたまふとなり。

「若衆生心憶仏念仏」といふは、もし衆生、心に仏を憶し仏を念ずれば〔となり〕。「現前当来必定見仏去仏不遠不仮方便自得心開」といふは、今生にも仏を見たてまつり、当来にもかならず仏を見たてまつるべしとなり、仏もとほざからず、方便をもからず、自然に心にさとりを得べしとなり。「如染香人身有香気」といふは、かうばしき気、身にある人のごとく、念仏のこころもてる人に勢至のこころをかうばしき人にたとへまうすなり。このゆゑに「此則名曰香光荘厳」と申すなり。

勢至菩薩の御こころのうちに念仏のこころをもてるを染香人にたとへまうすなり。

かるがゆゑに勢至菩薩のたまはく、「我本因地以念仏心入無生忍今於此界摂念仏人帰於浄土」といへり。「我本因地」といふは、われもと因地にしてといへり。「以念仏心」といふは、念仏の心をもつてといふ。「入無生忍」といふは、無生忍に入るとなり。「今於此界」といふは、いまこの娑婆界にしてといふなり。「摂念仏人」といふは、念仏の人を摂取してといふ。「帰於浄土」といふは、念仏の人〔を〕摂め取りて浄土に帰せしむとのたまへるなりと。


【5】 龍樹菩薩御銘文

 『十住毘婆沙論』曰「人能念是仏 無量力功徳 即時入必定 是故我常念 若人願作仏 心念阿弥陀 応時為現身 是故我帰命」(易行品)[文][2][3]

 「人能念是仏無量力功徳」といふは、ひとよくこの仏の無量の功徳を念ずべしとなり。「即時入必定」といふは、信ずればすなはちのとき必定に入るとなり、必定に入るといふは、まことに念ずればかならず正定聚の位に定まるとなり。「是故我常念」といふは、われつねに念ずるなり。「若人願作仏」といふは、もし人、仏にならんと願ぜば〔となり〕。「心念阿弥陀」といふ〔は〕、心に阿弥陀を念ずべしとなり、念ずれば「応時為現身」とのたまへり。「応時」といふはときにかなふといふなり、「為現身」と申すは、信者のために如来のあらはれたまふなり。「是故我帰命」といふは、龍樹菩薩のつねに阿弥陀如来を帰命したてまつるとなり。


【6】 『婆藪般豆菩薩論』曰「世尊我一心 帰命尽十方 無碍光如来 願生安楽国 我依修多羅 真実功徳相 説願偈総持 与仏教相応 観彼世界相 勝過三界道 究竟如虚空 広大無辺際[4](浄土論)と。

 又曰「観仏本願力 遇無空過者 能令速満足 功徳大宝海」(浄土論)。

 「婆藪般豆菩薩論曰」といふは、「婆藪般豆」は天竺(印度)のことばなり、晨旦(中国)には天親菩薩と申す。またいまは、いはく世親菩薩と申す、旧訳には天親、新訳には世親菩薩と申す。「論曰」は、世親菩薩、弥陀の本願を釈しあらはしたまへる御ことを「論」といふなり、「曰」はこころをあらはすことばなり、この論をば『浄土論』といふ、また『往生論』といふなり。「世尊我一心」といふは、「世尊」は釈迦如来なり、「我」と申すは世親菩薩のわが身とのたまへるなり、「一心」といふは教主世尊の御ことのりをふたごころなく疑なしとなり、すなはちこれまことの信心なり。「帰命尽十方無碍光如来」と申すは、「帰命」は南無なり、また帰命と申すは如来の勅命にしたがふこころなり。「尽十方無碍光如来」と申すはすなはち阿弥陀如来なり、この如来は光明なり。「尽十方」といふは、「尽」はつくすといふ、ことごとくといふ、十方世界を尽してことごとくみちたまへるなり。「無碍」といふはさはることなしとなり、さはることなしと申すは、衆生の煩悩悪業にさへられざるなり。

光如来」と申すは阿弥陀仏なり、この如来はすなはち不可思議光仏と申す。

この如来は智慧のかたちなり、十方微塵刹土にみちたまへるなりとしるべしとなり。「願生安楽国」といふは、世親菩薩、かの無碍光仏を称念し信じて安楽国に生れんと願ひたまへるなり。「我依修多羅真実功徳相」といふは、「我」は天親論主のわれとなのりたまへる御ことばなり。「依」はよるといふ、修多羅によるとなり。「修多羅」は天竺(印度)のことば、仏の経典を申すなり。

仏教に大乗あり、また小乗あり、みな修多羅と申す。いま修多羅と申すは大乗なり、小乗にはあらず、いまの三部の経典は大乗修多羅なり、この三部大乗によるとなり。「真実功徳相」といふは、「真実功徳」は誓願の尊号なり、「相」はかたちといふことばなり。

「説願偈総持」といふは、本願のこころをあらはすことばを「偈」といふなり、「総持」といふは智慧なり、無碍光の智慧を総持と申すなり。「与仏教相応」といふは、この『浄土論』のこころは、釈尊の教勅、弥陀の誓願にあひかなへりとなり。「観彼世界相勝過三界道」といふは、かの安楽世界をみそなはすに、ほとりきはなきこと虚空のごとし、ひろくおほきなること虚空のごとしとたとへたるなり。

「観仏本願力遇無空過者」といふは、如来の本願力をみそなはすに、願力を信ずるひとは、むなしくここにとどまらずとなり。「能令速満足功徳大宝海」といふは、「能」はよしといふ、「令」はせしむといふ、「速」はすみやかに疾しといふ、よく本願力を信楽する人はすみやかに疾く功徳の大宝海を信ずる人のその身に満足せしむるなり。如来の功徳のきはなくひろくおほきにへだてなきことを、大海の水のへだてなくみちみてるがごとしとたとへたてまつるなり。


【7】 斉朝曇鸞和尚真像銘文

 「釈曇鸞法師者 并州汶水県人也 魏末高斉之初 猶在 神智高遠 三国知聞 洞暁衆経 独出人外 梁国天子蕭王 恒向北礼鸞菩薩 註解往生論 裁成両巻 出釈迦才三巻浄土論也」[釈迦才][5][文]

 「釈の曇鸞法師は并州の汶水県の人なり」。并州はくにの名なり、汶水県はところの名なり。「魏末高斉之初猶在」といふは、「魏末」といふは晨旦(中国)の世の名なり、「末」はすゑといふなり、の世のすゑとなり。「高斉之初」はといふ世のはじめといふなり、「猶在」は魏と斉との世になほいましきといふなり。

「神智高遠」といふは、和尚(曇鸞)の智慧すぐれていましけりとなり。「三国知聞」といふは、「三国」は魏と斉とと、この三つの世におはせしとなり、「知聞」といふは、三つの世にしられきこえたまひきとなり。「洞暁衆経」といふは、あきらかによろづの経典をさとりたまふとなり。
「独出人外」といふは、よろづの人にすぐれたりとなり。「梁国の天子」といふは、梁の世の王といふなり、蕭王の名なり。「恒向北礼」といふは、梁の王つねに曇鸞の北のかたにましましけるを菩薩と礼したてまつりたまひけるなり。「註解往生論」といふは、この『浄土論』をくはしう釈したまふを、『註論』と申す論をつくりたまへるなり。「裁成両巻」といふは、『註論』は二巻になしたまふなり。「釈迦才の三巻の浄土論」といふは、「釈迦才」と申すは、「釈」といふは釈尊の御弟子とあらはすことばなり、「迦才」は浄土宗の祖師なり、智者にておはせし人なり。かの聖人(迦才)の三巻の『浄土論』をつくりたまへるに、この曇鸞の御ことばあらはせりとなり。

【8】 唐朝光明寺善導和尚真像銘文

 智栄讃善導別徳云「善導阿弥陀仏化身 称仏六字 即嘆仏即懺悔 即発願回向 一切善根荘厳浄土」[文]

 智栄と申すは、震旦(中国)の聖人なり。善導の別徳をほめたまうていはく、「善導は阿弥陀仏の化身なり」とのたまへり。「称仏六字」といふは、南無阿弥陀仏の六字をとなふるとなり。「即嘆仏」といふは、すなはち南無阿弥陀仏をとなふるは仏をほめたてまつるになるとなり。また「即懺悔」といふは、南無阿弥陀仏をとなふるは、すなはち無始よりこのかたの罪業を懺悔するになると申すなり。「即発願回向」といふは、南無阿弥陀仏をとなふるは、すなはち安楽浄土に往生せんとおもふになるなり、また一切衆生にこの功徳をあたふるになるとなり。「一切善根荘厳浄土」といふは、阿弥陀の三字に一切善根ををさめたまへるゆゑに、名号をとなふるはすなはち浄土を荘厳するになるとしるべしとなりと。智栄禅師、善導をほめたまへるなり。

【9】 善導和尚云「言南無者 即是帰命 亦是発願回向之義 言阿弥陀仏者 即是其行 以斯義故必得往生」(玄義分)[文]

 「言南無者」といふは、すなはち帰命と申すみことばなり、帰命はすなはち釈迦・弥陀の二尊の勅命にしたがひて召しにかなふと申すことばなり、このゆゑに「即是帰命」とのたまへり。「亦是発願回向之義」といふは、二尊の召しにしたがうて安楽浄土に生れんとねがふこころなりとのたまへるなり。

「言阿弥陀仏者」と申すは、「即是其行」となり、即是其行はこれすなはち法蔵菩薩の選択本願なりとしるべしとなり、安養浄土の正定の業因なりとのたまへるこころなり。「以斯義故」といふは、正定の因なるこの義をもつてのゆゑにといへる御こころなり。「必」はかならずといふ、「得」はえしむといふ、「往生」といふは浄土に生るといふなり。かならずといふは自然に往生をえしむとなり、自然といふは、はじめてはからはざるこころなり。


【10】 又曰「言摂生増上縁者 如無量寿経四十八願中説 仏言 若我成仏 十方衆生 願生我国 称我名字 下至十声 乗我願力 若不生者 不取正覚 此即是願往生行人 命欲終時 願力摂得往生 故名摂生増上縁」(観念法門)[文]

 「言摂生増上縁者」といふは、「摂生」は十方衆生を誓願にをさめとらせたまふと申すこころなり。「如無量寿経四十八願中説」といふは、如来の本願を説きたまへる釈迦の御のりなりとしるべしとなり。「若我成仏」と申すは、法蔵菩薩誓ひたまはく、もしわれ仏を得たらんにと説きたまふ。「十方衆生」といふは、十方のよろづの衆生なり、すなはちわれらなり。

「願生我国」といふは、安楽浄刹に生れんと願へとなり。「称我名字」といふは、われ仏を得んにわがなをとなへられんとなり。「下至十声」といふは、名字をとなへられんこと下十声せんものとなり、「下至」といふは十声にあまれるものも聞名のものをも往生にもらさずきらはぬことをあらはししめすとなり。

「乗我願力」といふは、「乗」はのるべしといふ、また智なり、智といふは願力にのせたまふとしるべしとなり、願力に乗じて安楽浄刹に生れんとしるなり。「若不生者不取正覚」といふは、ちかひを信じたる人、もし本願の実報土に生れずは、仏に成らじと誓ひたまへるみのりなり。「此即是願往生行人」といふは、これすなはち往生を願ふ人といふ。「命欲終時」といふは、いのちをはらんとせんときといふ。

「願力摂得往生」といふは、大願業力摂取して往生を得しむといへるこころなり。すでに尋常のとき信楽をえたる人といふなり、臨終のときはじめて信楽決定して摂取にあづかるものにはあらず。ひごろ、かの心光に摂護せられまゐらせたるゆゑに、金剛心をえたる人は正定聚に住するゆゑに、臨終のときにあらず、かねて尋常のときよりつねに摂護して捨てたまはざれば摂得往生と申すなり。このゆゑに「摂生増上縁」となづくるなり。またまことに尋常のときより信なからん人は、ひごろの称念の功によりて、最後臨終のときはじめて善知識のすすめにあうて信心をえんとき、願力摂して往生を得るものもあるべしとなり。臨終の来迎をまつものは、いまだ信心をえぬものなれば、臨終をこころにかけてなげくなり。


【11】 又曰「言護念増上縁者{乃至} 但有専念阿弥陀仏衆生 彼仏心光 常照是人摂護不捨 総不論照摂余雑業行者 此亦是現生護念増上縁」(観念法門)[文]

 「言護念増上縁者」といふは、まことの心をえたる人を、この世にてつねにまもりたまふと申すことばなり。「但有専念阿弥陀仏衆生」といふは、ひとすぢにふたごころなく弥陀仏を念じたてまつると申すなり。「彼仏心光常照是人」といふは、「彼」はかのといふ、「仏心光」は無碍光仏の御こころと申すなり。「常照」はつねにてらすと申す、つねにといふは、ときをきらはず、日をへだてず、ところをわかず、まことの信心ある人をばつねにてらしたまふとなり、てらすといふはかの仏心のをさめとりたまふとなり。

「仏心光」は、すなはち阿弥陀仏の御こころにをさめたまふとしるべし。「是人」は信心をえたる人なり。つねにまもりたまふと申すは、天魔波旬にやぶられず、悪鬼・悪神にみだられず、摂護不捨したまふゆゑなり。「摂護不捨」といふは、をさめまもりてすてずとなり。

「総不論照摂余雑業行者」といふは、「総」はすべてといふ、みなといふ、雑行雑修の人をばすべてみなてらしをさめまもりたまはずとなり。てらしまもりたまはずと申すは、摂取不捨の利益にあづからずとなり、本願の行者にあらざるゆゑなりとしるべし。しかれば摂護不捨と釈したまはず。「現生護念増上縁」といふは、この世にてまことの信ある人をまもりたまふと申すみことなり、「増上縁」はすぐれたる強縁となり。


【12】 皇太子聖徳御銘文

 『御縁起』曰「百済国聖明王太子阿佐礼曰 敬礼救世大慈観音菩薩 妙教流通東方日本国 四十九歳伝灯演説」[文]

 「新羅国聖人日羅礼曰 敬礼救世観音大菩薩 伝灯東方粟散王」[文]

 「御縁起曰」といふは、聖徳太子の御縁起なり。「百済国」といふは、聖徳太子さきの世に生れさせたまひたりける国の名なり。「聖明王」といふは、百済国に太子(聖徳太子)のわたらせたまひたりけるときの、その国の王の名なり。「太子阿佐礼曰」といふは、聖明王の太子の名なり。聖徳太子をこひしたひかなしみまゐらせて、御かたちを金銅にて鋳まゐらせたりけるを、この和国に聖徳太子生れてわたらせたまふとききまゐらせて、聖明王、わがこの阿佐太子を勅使として、金銅の救世観音の像をおくりまゐらせしとき、礼しまゐらすとして誦せる文なり、「敬礼救世大慈観音菩薩」と申しけり。

「妙教流通東方日本国」と申すは、上宮太子(聖徳太子)仏法をこの和国につたへひろめおはしますとなり。「四十九歳」といふは、上宮太子は四十九歳までぞ、この和国にわたらせたまはんずると阿佐太子申しけり。おくられたまへる金銅の救世菩薩は、天王寺の金堂にわたらせたまふなり。

「伝灯演説」といふは、「伝灯」は仏法をともしびにたとへたるなり、「演説」は上宮太子、仏教を説きひろめましますべしと阿佐太子申しけり。

 また新羅国より上宮太子をこひしたひまゐらせて、日羅と申す聖人きたりて、聖徳太子を礼したてまつりてまうさく、「敬礼救世観音大菩薩」と申すは、聖徳太子は救世観音にておはしますと礼しまゐらせけり。「伝灯東方」と申すは、仏法をともしびにたとへて、「東方」と申すはこの和国に仏教のともしびをつたへおはしますと日羅申しけり。「粟散王」と申すは、この国はきはめて小国なりといふ、「粟散」といふはあはつぶをちらせるがごとく、小さき国の王と聖徳太子のならせたまひたると申しけるなりと。


尊号真像銘文 末

【13】 首楞厳院源信和尚の銘文

 「我亦在彼摂取之中 煩悩障眼雖不能見 大悲無倦常照我身」(往生要集・中)[文]

 「我亦在彼摂取之中」といふは、われまたかの摂取のなかにありとのたまへるなり。「煩悩障眼」といふは、われら煩悩にまなこさへらるとなり。「雖不能見」といふは、煩悩のまなこにて仏をみたてまつることあたはずといへどもといふなり。「大悲無倦」といふは、大慈大悲の御めぐみものうきことましまさずと申すなり。「常照我身」といふは、「常」はつねにといふ、「照」はてらしたまふといふ。無碍の光明、信心の人をつねにてらしたまふとなり、つねにてらすといふは、つねにまもりたまふとなり。「我身」は、わが身を大慈大悲ものうきことなくしてつねにまもりたまふとおもへとなり。摂取不捨の御めぐみのこころをあらはしたまふなり、「念仏衆生摂取不捨」(観経)のこころを釈したまへるなりとしるべしとなり。


【14】 日本源空聖人真影

 四明山権律師劉官(隆寛)讃。「普勧道俗 念弥陀仏 能念皆見 化仏菩薩 明知称名 往生要術 宜哉源空 慕道化物 信珠在心 心照迷境 疑雲永晴 仏光円頂 建暦壬申三月一日。」

 「普勧道俗念弥陀仏」といふは、「普勧」はあまねくすすむとなり。「道俗」は道にふたりあり、俗にふたりあり。道のふたりは、一つには僧、二つには比丘尼なり。俗にふたり、一つには仏法を信じ行ずる男なり、二つには仏法を信じ行ずる女なり。「念弥陀仏」と申すは尊号を称念するとなり。「能念皆見化仏菩薩」と申すは、「能念」はよく名号を念ずとなり、よく念ずと申すはふかく信ずるなり。「皆見」といふは、化仏・菩薩をみんとおもふ人はみなみたてまつるなり。「化仏菩薩」と申すは、弥陀の化仏、観音・勢至等の聖衆なり。

「明知称名」と申すは、あきらかにしりぬ、仏のみなをとなふれば「往生」すといふことを「要術」とすといふ、往生の要には如来のみなをとなふるにすぎたることはなしとなり。「宜哉源空」と申すは、「宜哉」はよしといふなり、「源空」は聖人の御名なり。「慕道化物」といふは、「慕道」は無上道をねがひしたふべしとなり。「化物」といふは、「物」といふは衆生なり、「化」はよろづのものを利益すとなり。

「信珠在心」といふは、金剛の信心をめでたき珠にたとへたまふ。信心の珠をこころにえたる人は生死の闇にまどはざるゆゑに、「心照迷境」といふなり。信心の珠をもち愚痴の闇をはらひ、あきらかに照らすとなり。「疑雲永晴」といふは、「疑雲」は願力を疑ふこころを雲にたとへたるなり、「永晴」といふは疑ふこころの雲をながく晴らしぬれば安楽浄土へかならず生るるなり。無碍光仏の摂取不捨の心光をもつて信心をえたる人をつねに照らしまもりたまふゆゑに、「仏光円頂」といへり。仏光円頂といふは、仏心をしてあきらかに信心の人の頂をつねに照らしたまふとほめたまひたるなり、これは摂取したまふゆゑなりとしるべし。


【15】 比叡山延暦寺宝幢院黒谷源空聖人真像

 『選択本願念仏集』云「南無阿弥陀仏 往生之業 念仏為本」[文] 又曰「夫速欲離生死 二種勝法中 閣聖道門 選入浄土門 欲入浄土門 正雑二行中 且抛諸雑行 選応帰正行 欲修於正行 正助二業中 猶傍於助業 選応専正定 正定之業者 即是称仏名 称名必得生 依仏本願故」[文]

 又曰「当知生死之家以疑為所止 涅槃之城以信為能入」[文]

 『選択本願念仏集』といふは、聖人(源空)の御製作なり。「南無阿弥陀仏往生之業念仏為本」といふは、安養浄土の往生の正因は念仏を本とすと申す御ことなりとしるべし。正因といふは、浄土に生れて仏にかならず成るたねと申すなり。

 またいはく、「夫速欲離生死」といふは、それすみやかに疾く生死をはなれんとおもへとなり。「二種勝法中且閣聖道門」といふは、「二種勝法」は、聖道・浄土の二門なり。「且閣聖道門」は、「且閣」はしばらくさしおけとなり、しばらく聖道門をさしおくべしとなり。「選入浄土門」といふは、「選入」はえらびていれとなり、よろづの善法のなかに選びて浄土門に入るべしとなり。

「欲入浄土門」といふは、浄土門に入らんと欲はばといふなり。「正雑二行中且抛諸雑行」といふは、正雑二行二つのなかに、しばらくもろもろの雑行をなげすてさしおくべしとなり。「選応帰正行」といふは、選びて正行に帰すべしとなり。「欲修於正行正助二業中猶傍於助業」といふは、正行を修せんと欲はば、正行・助業二つのなかに助業をさしおくべしとなり。「選応専正定」といふは、選びて正定の業をふたごころなく修すべしとなり。「正定之業者即是称仏名」といふは、正定の業因はすなはちこれ仏名をとなふるなり。正定の因といふは、かならず無上涅槃のさとりをひらくたねと申すなり。 「称名必得生依仏本願故」といふは、御名を称するはかならず安楽浄土に往生を得るなり、仏の本願によるがゆゑなりとのたまへり。

 またいはく、「当知生死之家」といふは、「当知」はまさにしるべしとなり、「生死之家」は生死の家といふなり。「以疑為所止」といふは、大願業力の不思議を疑ふこころをもつて、六道・四生・二十五有・十二類生[類生といふは一、卵生 二、胎生 三、湿生 四、化生 五、有色生 六、無色生 七、有相生 八、無相生 九、非有色生 十、非無色生 十一、非有相生 十二、非無相生]にとどまるとなり、いまにひさしく世に迷ふとしるべしとなり。

「涅槃之城」と申すは、安養浄刹をいふなり、これを涅槃のみやことは申すなり。「以信為能入」といふは、真実信心をえたる人の、如来の本願の実報土によく入るとしるべしとのたまへるみことなり。信心は菩提のたねなり、無上涅槃をさとるたねなりとしるべしとなり。

【16】 法印聖覚和尚の銘文

 「夫根有利鈍者 教有漸頓 機有奢促者 行有難易 当知 聖道諸門漸教也 又難行也 浄土一宗者頓教也 又易行也 所謂真言止観之行 獼猴情難学 三論法相之教 牛羊眼易迷 然至我宗者 弥陀本願 定行因於十念 善導料簡 決器量於三心 雖非利智精進 専念実易勤 雖非多聞広学 信力何不備{乃至}然我大師聖人 為釈尊之使者 弘念仏一門 為善導之再誕 勧称名一行 専修専念之行 自此漸弘 無間無余之勤 在今始知 然則破戒罪根之輩 加肩入往生之道 下智浅才之類 振臂赴浄土之門 誠知 無明長夜之大灯炬也 何悲智眼闇 生死大海之大船筏也 豈煩業障重」{略抄}

 「夫根有利鈍者」といふは、それ衆生の根性に利鈍ありとなり。「利」といふはこころのとき人なり、「鈍」といふはこころのにぶき人なり。「教有漸頓」といふは、衆生の根性にしたがうて仏教に漸頓ありとなり。「漸」はやうやく仏道を修して、三祇・百大劫をへて仏に成るなり、「頓」はこの娑婆世界にしてこの身にてたちまちに仏に成ると申すなり。これすなはち仏心・真言・法華・華厳等のさとりをひらくなり。

「機有奢促者」といふは、機に奢促あり、「奢」はおそきこころなるものあり、「促」は疾きこころなるものあり。このゆゑに「行有難易」といふは、行につきて難あり、易ありとなり。「難」は聖道門自力の行なり、「易」は浄土門他力の行なり。「当知聖道諸門漸教也」といふは、すなはち難行なり、また漸教なりとしるべしとなり。「浄土一宗者」といふは、頓教なり、また易行なりとしるべしとなり。「所謂真言止観之行」といふは、「真言」は密教なり、「止観」は法華なり。「獼猴情難学」といふは、この世の人のこころをさるのこころにたとへたるなり、さるのこころのごとく定まらずとなり。このゆゑに真言・法華の行は修しがたく行じがたしとなり。「三論法相之教牛羊眼易迷」といふは、この世の仏法者のまなこを牛・羊のまなこにたとへて、三論・法相宗等の聖道自力の教にはまどふべしとのたまへるなり。「然至我宗者」といふは、聖覚和尚ののたまはく、「わが浄土宗は、弥陀の本願の実報土の正因として、乃至十声・一声称念すれば無上菩提にいたるとをしへたまふ、善導和尚の御をしへには、三心を具すればかならず安楽に生るとのたまへるなり」(唯信鈔・意)と、聖覚和尚ののたまへるなり。

「雖非利智精進」といふは、智慧もなく、精進の身にもあらず、鈍根懈怠のものも、専修・専念の信心をえつれば往生すとこころうべしとなり。「然我大師聖人」といふは、聖覚和尚は聖人(源空)をわが大師聖人と仰ぎたのみたまふ御ことばなり。「為釈尊之使者弘念仏之一門」といふは、源空聖人は釈迦如来の御つかひとして念仏の一門を弘めたまふとしるべしとなり。「為善導之再誕勧称名之一行」といふは、聖人は善導和尚の御身として称名の一行を勧めたまふなりとしるべしとなり。「専修専念之行自此漸弘無間無余之勤」といふは、一向専修と申すことはこれより弘まるとしるべしとなり。「然則破戒罪根之輩加肩入往生之道」といふは、「然則」はしからしめて、この浄土のならひにて、破戒・無戒の人、罪業ふかきものみな往生すとしるべしとなり。

「下智浅才之類振臂赴浄土之門」といふは、無智・無才のものは浄土門に赴くべしとなり。「誠知無明長夜之大灯炬也何悲智眼闇」といふは、「誠知」はまことにしりぬといふ、弥陀の誓願は無明長夜のおほきなるともしびなり、なんぞ智慧のまなこ闇しと悲しまんやとおもへとなり。「生死大海之大船筏也豈煩業障重」といふは、弥陀の願力は生死大海のおほきなる船・筏なり、極悪深重の身なりとなげくべからずとのたまへるなり。「倩思教授恩徳実等弥陀悲願者」といふは、師主のをしへをおもふに、弥陀の悲願に等しとなり、

大師聖人(源空)の御をしへの恩おもくふかきことをおもひしるべしとなり。 「粉骨可報之摧身可謝之」といふは、大師聖人の御をしへの恩徳のおもきことをしりて、骨を粉にしても報ずべしとなり、身を摧きても恩徳を報ふべしとなり。よくよくこの和尚(聖覚)のこのをしへを御覧じしるべしと。


【17】 和朝愚禿釈親鸞「正信偈」文

 「本願名号正定業 至心信楽願為因 成等覚証大涅槃 必至滅度願成就 如来所以興出世 唯説弥陀本願海 五濁悪時群生海 応信如来如実言 能発一念喜愛心 不断煩悩得涅槃 凡聖逆謗斉回入 如衆水入海一味 摂取心光常照護 已能雖破無明闇 貪愛瞋憎之雲霧 常覆真実信心天 譬如日光覆雲霧 雲霧之下明無闇 獲信見敬得大慶 即横超截五悪趣」[文]

 「本願名号正定業」といふは、選択本願の行といふなり。「至心信楽願為因」といふは、弥陀如来回向の真実信心なり、この信心を阿耨菩提の因とすべしとなり。「成等覚証大涅槃」といふは、「成等覚」といふは正定聚の位なり。この位を龍樹菩薩は「即時入必定」(易行品)とのたまへり、曇鸞和尚は「入正定之数」(論註・上意)とをしへたまへり、これはすなはち弥勒の位とひとしとなり。「証大涅槃」と申すは、必至滅度の願(第十一願)成就のゆゑにかならず大般涅槃をさとるとしるべし。「滅度」と申すは、大涅槃なり。

「如来所以興出世」といふは、諸仏の世に出でたまふゆゑはと申すみのりなり。「唯説弥陀本願海」と申すは、諸仏の世に出でたまふ本懐は、ひとへに弥陀の願海一乗のみのりを説かんとなり。しかれば『大経』(上)には、「如来所以興出於世 欲拯群萌恵以真実之利」と説きたまへり。「如来所以興出於世」は、「如来」と申すは諸仏と申すなり、「所以」といふはゆゑといふみことなり、「興出於世」といふは世に仏出でたまふと申すみことなり。「欲拯群萌」は、「欲」といふはおぼしめすとなり、「拯」はすくはんとなり、「群萌」はよろづの衆生をすくはんとおぼしめすとなり。仏の世に出でたまふゆゑは、弥陀の御ちかひを説きてよろづの衆生をたすけすくはんとおぼしめすとしるべし。「五濁悪時群生海応信如来如実言」といふは、五濁悪世のよろづの衆生、釈迦如来のみことをふかく信受すべしとなり。

「能発一念喜愛心」といふは、「能」はよくといふ、「発」はおこすといふ、ひらくといふ、「一念喜愛心」は一念慶喜の真実信心よくひらけ、かならず本願の実報土に生るとしるべし。慶喜といふは信をえてのちよろこぶこころをいふなり。「不断煩悩得涅槃」といふは、「不断煩悩」は煩悩をたちすてずしてといふ、「得涅槃」と申すは、無上大涅槃をさとるをうるとしるべし。「凡聖逆謗斉回入」といふは、小聖・凡夫・五逆・謗法・無戒・闡提みな回心して真実信心海に帰入しぬれば、衆水の海に入りてひとつ味はひとなるがごとしとたとへたるなり。これを「如衆水入海一味」といふなり。

「摂取心光常照護」といふは、信心をえたる人をば、無碍光仏の心光つねに照らし護りたまふゆゑに、無明の闇はれ、生死のながき夜すでに暁になりぬとしるべしとなり。「已能雖破無明闇」といふは、このこころなり、信心をうれば暁になるがごとしとしるべし。「貪愛瞋憎之雲霧常覆真実信心天」といふは、われらが貪愛瞋憎を雲・霧にたとへて、つねに信心の天に覆へるなりとしるべし。「譬如日月覆雲霧雲霧之下明無闇」といふは、日月の、雲・霧に覆はるれども、闇はれて雲・霧の下あきらかなるがごとく、貪愛・瞋憎の雲・霧に信心は覆はるれども、往生にさはりあるべからずとしるべしとなり。

「獲信見敬得大慶」といふは、この信心をえておほきによろこびうやまふ人といふなり。「大慶」はおほきにうべきことをえてのちによろこぶといふなり。

「即横超截五悪趣」といふは、信心をえつればすなはち横に五悪趣をきるなりとしるべしとなり。「即横超」は、「即」はすなはちといふ、信をうる人はときをへず日をへだてずして正定聚の位に定まるを即といふなり、「横」はよこさまといふ、如来の願力なり、他力を申すなり、「超」はこえてといふ、生死の大海をやすくよこさまに超えて無上大涅槃のさとりをひらくなり。信心を浄土宗の正意としるべきなり。このこころをえつれば、「他力には義のなきをもつて義とす」と、本師聖人(源空)の仰せごとなり。「義」といふは行者のおのおののはからふこころなり。このゆゑにおのおののはからふこころをもたるほどをば自力といふなり。よくよくこの自力のやうをこころうべしとなり。

   [正嘉二歳戊午六月二十八日これを書く。]                        [愚禿親鸞八十六歳]