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善本徳本

出典: 浄土真宗聖典『ウィキアーカイブ(WikiArc)』

ぜんぽんとくほん

Ⅰ 仏の因果の徳をおさめた名号のこと。【左訓】「因位を善本といふ。果位を徳本といふ」(異本)(浄土 P.568) 
Ⅱ 自力の念仏のこと。名号には因位(いんに)法蔵菩薩の万善をおさめるから善本といい、果位の阿弥陀仏の万徳を具するから徳本という。自力念仏の人は名号の多善根性にとらわれ、多く称えて善根を積み、救われようとするから特にこの名を立てる。(三経 P.635)
出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社

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397,413,568,612,635

ぜんぽん-とくほん 善本徳本

阿弥陀仏の名号のこと。『浄土和讃』には、

果遂の願によりてこそ
 釈迦は善本・徳本
 『弥陀経』にあらはして
 一乗の機をすすめける (浄土 P.568)

とあり、「国宝本」左訓には「因位を善本といふ。果位を徳本といふ」とある。(浄土真宗辞典)

ぜんぽん 善本(徳本)

本を因の意と解するときは、勝れた果を得るための原因となる善根や功徳を善本・徳本とする。また本を根本の意と解するときは、功徳の根源となる善法を善本・徳本とする。
真宗では弥陀の名号がそれにあたるとする。善本と徳本とを区別する説もあり、二者は一であるとする説もある。(仏教学辞典)

浄土真宗では、因位の法蔵菩薩の修行の万善を善本といい、果位の阿弥陀仏の万徳の名号を徳本といふ。(和讃左訓)

第二十願には、

設我得仏 十方衆生 聞我名号 係念我国 植諸徳本 至心廻向 欲生我国 不果遂者 不取正覚。
たとひわれ仏を得たらんに、十方の衆生、わが名号を聞きて、念をわが国に係け、もろもろの徳本を植ゑて、至心回向してわが国に生ぜんと欲せん。果遂せずは、正覚を取らじ。 (大経 P.18)

とある。御開山は、この植諸徳本(じきしょ-とくほん)(もろもろの徳本を植ゑて) の植えての語と至心回向(衆生からの回向) の語によって自力念仏の願であるとする。名号法は直ちに成仏しうる他力真実の法なのだが「」の過失によって自らの善根として積んで(徳本を植えて) 仏に回向するから自力となるのである。「真門釈」で、

おのおの助正間雑の心をもつて名号を称念す。まことに教は頓にして根は漸機なり。行は専にして心は間雑す。(化巻 P.399)

と「教は頓にして根は漸機」とされた所以である。

善本
徳本
仏願の生起本末
教は頓にして根は漸機なり
不回向
六三法門