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三法立題

出典: 浄土真宗聖典『ウィキアーカイブ(WikiArc)』

三法立題

顕浄土(けんじょうど)真実(しんじつ)教行証(きょうぎょうしょう)文類(もんるい)』は御開山の主著であり、浄土真宗開宗の根本聖典である。
『顕浄土真実教行証文類』とは、浄土の真実の(きょう)(ぎょう)(しょう)を顕わす文類という意味である。「総序」では、

真宗の教行証を敬信して、ことに如来の恩徳の深きことを知んぬ。(総序 P.132)

とある。 巷間では『教行信証』と略称されることが多い。『教行信証』という呼び名は、本書の内容が教・行・信・証となっているので間違いではない。「教巻」で、

つつしんで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。一つには往相、二つには還相なり。往相の回向について真実の教行信証あり。(教巻 P.135)

とされ、教・行・信・証と述べられ「証巻」で、

それ真宗の教行信証を案ずれば、如来の大悲回向の利益なり。ゆゑに、もしは因、もしは果、一事として阿弥陀如来の清浄願心の回向成就したまへるところにあらざることあることなし。因、浄なるがゆゑに果また浄なり。知るべしとなり。(証巻 P.312)

と教行信証を決釈されている。
しかし、御開山は題号を『顕浄土真実教行証文類』とされておられるのだから『教行証文類』あるいは『教行証』と略称するのが正しいであろう。[1]
浄土真宗は、信心正因というように信を重視するご法義であるから、一見すると信を含んだ教行信証の四法立題が親しいと思われる。しかし、御開山ご自身が『顕浄土真実教行証文類』と「教行証文類」とされておられるので三法立題の書であるとしなければならない。御開山は20数年にわたって『教行証文類』を増補改訂されておられるのだが、『顕浄土真実教行証文類』という題号は一貫しておられ、自著を『教行信証』とよばれたことはない。また当時の関東の直弟子も『教行証』と呼称したようであり、時代が下った蓮如上人の頃にも高田派の真慧上人は、その著『顯正流義鈔』中で『教行証』と記述されている。

この教・行・証とは、教・行・果ともいい、「教」とは仏の説いた教え、「行」とは教に従ってなす行、「証」とは行によって得られるさとりの証果を意味し、元来は聖道門仏教の教義体系をあらわす語であった。→教行証
その教・行・証を、法然聖人の開示された、往生浄土門の「教」、選択本願の称名である「行」、往生浄土の証果である「証」の三法として顕わされたのが『教行証文類』であった。法然聖人の『選択本願念仏集』を聖道門の教行証の三法立題で展開されたのが『顕浄土真実教行証文類』なのである。そして、この浄土門の教行証の三法立題によって聖道門の三法に対判されたのである。
仏陀入滅の後には時代が下がるにつれて、仏の教えが教えのとおり実行されなくなるという当時の末法史観に基づき、時代を正法像法末法の三時に分けて浄土門と聖道門の教法の綱格を考察されたのである。
聖道門の教・行・証は、正法の時代には教・行・証の三法がきちんと揃っている。しかし正・像・末の三時にわたって次第に衰えていく。正法の時代を下って像法の時代には、まず証果を獲る者がいなくなり証が欠ける。教と行はあるが証が無くなる。さらに末法の時代に至っては戒律を護り如実に修行する者がいなくなるので行すらも無くなり、行証の無い教だけが虚しく残る(有教無人)と決示された。行の基礎である戒律の衰えがその原因であろう。
そのような三時にわたって衰退する聖道門仏教と違い、法然聖人の開顕された往生浄土の教・行・証は、正・像・末の三時を通じて失われない法門である。浄土へ往生することを期する浄土宗は、もともとこの世でさとりを開く修行(此土入聖)に堪えられない、戒律を護ることのできない衆生に与えられた、浄土でさとりを開く教法(彼土得証)であるから正・像・末の三時を通じて証を得ることのできる仏教であった。 法然聖人が「聖道門の修行は、智慧をきわめて生死をはなれ、浄土門の修行は、愚癡にかへりて極楽にむまると」(浄土宗大意P.219)と言われたのがその意である。
御開山が、『教行証文類』の後序で、

ひそかにおもんみれば、聖道の諸教は行証久しく廃れ、浄土の真宗は証道いま盛んなり。(化巻 P.471)

と、聖道門の行証は久しく廃れ、現今においては往生浄土の真宗だけが証を得ることが出来る仏教であると示された所以である。
また、三法によって立題されたのは、聖道門仏教では教行証の三法によって教理を論じ、特に修行(仏のさとりを求める実践)に各種の特徴がある。そのような各種の行に対して選択本願の行である念仏をもって対抗する意から、三法立題とされたのであろう。 当時の聖道門仏教からの、法然聖人が立教開宗された浄土宗に対する主たる論難は、口に〔なんまんだぶ〕と称える念仏の行法に対しての強烈な非難であった。
承元の念仏弾圧を引き起こした、『興福寺奏状』や、明恵上人高弁の『摧邪輪』、嘉禄の念仏弾圧の遠因となった『延暦寺奏状』などに共通するのは、口称の〔なんまんだぶ〕は劣悪な虚仮の行であって、このような愚劣な行によって浄土へ往生できるというのは法然の妄説である、との罵倒に近い論難であった。例えば『興福寺奏状』の第七には「念仏を誤る失」として、専修念仏を、

ただ余行を捨つるを以て専とし、口手を動かすを以て修とす。()ひつべし、不専の専なり、非修の修なりと。虚仮雑毒の行を(たの)み、決定往生の思ひを作さば、(なん)ぞ善導の宗、弥陀の正機ならんや。(興福寺奏状#第七に念仏を誤る失。)

と、法然聖人の提唱された、雑行を捨てての口称の専修念仏は、不専の専(ただ余行を捨てるだけで専といえない不実の専)、非修の修(行に非ざる虚仮の修)であり、〔なんまんだぶ〕の称名は、煩悩まじりの虚仮雑毒の行であり、決定往生の行ではなく、善導の宗旨や弥陀の本意にも背いていると非難していた。

このような論難に対して、法然聖人の示して下さった選択本願の念仏とは、第十七願に、十方世界の無量の諸仏が咨嗟し称名したまう行であり、阿弥陀如来より賜った破闇満願の「大行」である、と聖道門の雑多な諸行万行に対抗されたのが「行文類」を著された意図である。
第十八願の乃至十念は、十方衆生に誓われた願であり、その乃至十念の〔なんまんだぶ〕は、第十七願の十方世界の無量の諸仏の称名(称我名)と徳を同じくする行であるから大行なのであった。第十七願成就文に、

「十方恒沙の諸仏如来は、みなともに無量寿仏の威神功徳の不可思議なるを讃歎したまふ。あらゆる衆生、その名号を聞きて……」(大経 P.41)

とあるように、十方の諸仏の讃歎をとおして名号の功徳を衆生に聞かせ称えさせるのが第十七願だったのである。第十八願の乃至十念が称名であることを第十七願の「諸仏称名の願」によって証明されたのであった。[2]
教行証の三法立題は、聖道門の行に対して本願に選択された念仏の称名行が諸仏の称名と等しい「大行」であることを顕わすためであったのである。

そして、念仏の行を受け容れている浄土門の者に対しては、大行が如実の行であることを示す為に、行から信を別に開いて(信別開)、「信文類」を顕わされたのである。ゆえに「信巻」には「それおもんみれば、信楽を獲得することは、如来選択の願心より発起す……」(信巻 P.209)と、別序の文があるのである。行に信を摂して(行中摂信)いるから如実の大行といわれるのであり、信のない行は無いのであり、行のない信もないのである。古来から「行信不離」といわれる所以である。 「信文類」を別開することは、信のある行と信の無い行の違いを示すとともに、浄土真宗の信は、願作仏心であり、仏道の正因である浄土の大菩提心であることを示すためでもあった。

横超とは、これすなはち願力回向の信楽、これを願作仏心といふ。願作仏心すなはちこれ横の大菩提心なり。これを横超の金剛心と名づくるなり。(信巻 P.246)
とされる所以である。

御開山は、行と信の関係を、曇鸞大師の『論註』のニ不知(にふち)三不信(さんぷしん)釈を引いて示しておられる。

「かの名義のごとく、如実に修行して相応せんと欲す」とは、かの無礙光如来の名号は、よく衆生の一切の無明を破し、よく衆生の一切の志願を満てたまふ。しかるに名を称し憶念すれども、無明なほありて所願を満てざるものあり。なんとなれば、如実に修行せず、名義と相応せざるによるがゆゑなり。いかんが如実に修行せず、名義と相応せざるとなすとならば、いはく、如来はこれ実相身なり、これ為物身なりと知らざればなり。また三種の不相応あり。一には信心(あつ)からず、存ずるがごとく亡ずるがごときゆゑなり。二には信心一ならず、決定なきがゆゑなり。三には信心相続せず、余念(へだ)つるがゆゑなり。この三句展転してあひ成ず。信心淳からざるをもつてのゆゑに決定なし。決定なきがゆゑに念相続せず。また念相続せざるがゆゑに決定の信を得ず。決定の信を得ざるがゆゑに心(あつ)からざるべし。これと相違せるを「如実に修行し相応す」と名づく。このゆゑに論主(天親)、「我一心」と建言す。(論註 P.103) (信巻 P.214で引文)

と、行を修していても、如実の信が無いから破闇満願の力用がないのであるとされた。如来が実相身であり為物身であることを知らないからニ不知といい、信心が、淳心・一心・相続心の展転する三信でないことを三不信というのである。 これをニ不知三不信と言い慣わしている。道綽禅師は『安楽集』(安楽集 P.232) で三不信を淳心・一心・相続心の三信として示されたので「正信念仏偈」では道綽禅師の釈功として「三不三信誨慇懃 像末法滅同悲引 (三不三信の(おしえ)慇懃(おんごん)にして、像末法滅同じく悲引す)」とされたのである。
和讃ではこの三不信を五首あげて、五句目に、

決定の信をえざるゆゑ
 信心不淳とのべたまふ
 如実修行相応
 信心ひとつにさだめたり (高僧 P.587)

と、「如実修行相応は信心ひとつにさだめたり」と如実の行を修することを信心であると和讃されたのである。この「如実修行相応」の語は信楽釈の結論として、

〈如実修行相応〉と名づく。このゆゑに論主(天親)、建(はじ)めに〈我一心〉とのたまへり。(信巻 P.241)

と引文されておられる。
浄土真宗の信心とは、〔なんまんだぶ〕の行を如実に修行して往生の行を信ずることであり、それは信文類の中核である三心一心の結論の釈において、

まことに知んぬ、至心・信楽・欲生、その(ことば)異なりといへども、その意これ一つなり。なにをもつてのゆゑに、三心すでに疑蓋(まじ)はることなし、ゆゑに真実の一心なり。これを金剛の真心と名づく。金剛の真心、これを真実の信心と名づく。真実の信心はかならず名号を具す。名号はかならずしも願力の信心を具せざるなり。このゆゑに論主(天親)、建めに「我一心」とのたまへり。また「如彼名義欲如実修行相応故」とのたまへり。 (信巻 P.245)

と、「真実の信心はかならず名号を具す」のであり「如彼名義 欲如実修行 相応故(かの名義のごとく、如実に修行して相応せんと欲するが故に)」と如来の名義に相応した如実の行を修する信を「我一心」と言われたのであった。これに依って信は行に収まり行は信の裏付けがあり、行と信は不離であることが解かるのであった。 梯實圓和上は「行のない信は観念の遊戯であり、信のない行は不安の叫びである」とされておられ行信不離を示していて下さったものである。

なお、七高僧の論釈をすべて引文されているのは「行文類」だけであり、真宗の重要な概念である「破闇満願釈」や「他力釈」、「一乗海釈」、「誓願一仏乗」、我々が口になずんだ「正信念仏偈」が記されているのも「行文類」である。行とは教法であり行法であるからである。「行文類」末尾の「正信念仏偈」は「行文類」と次の「信文類」を結ぶものといわれている。「正信念仏偈」は、正信に念仏する偈と読むようだが、「行文類」にあるので、念仏を正信する偈と読むほうが「教行証文類」の構成上親しいようである。

行信
三法
四法
行信一念について


教・行・信・証の出体

  • 信巻には出体釈がない。この意を稲城選恵和上は水(名号:行)と波(信心)の関係に譬えておられた。水があるから波が立つのであり、水のない波はありえない。水があるから波が起こるのであって水のない単独の波(信)というものはあり得ないのである。その意から信には出体(ものがら)がないとのことであった。→(他力の信の特色) それはまた浄土真宗の信心とは煩悩の手垢のつかない、たまわりたる清浄な仏心であったからである。仏心であるような信心はわたくしの上にあるけれども、それはわたくしの物ではないのである。その意を先人は「信は仏辺に仰ぐ」とか仰信と表現したのであった。なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ

それ真実のを顕さば、すなはち『大無量寿経』これなり。(教巻 P.135)

とはすなはち無碍光如来の名を称するなり。(行巻 P.141)

信別開(信の体は無い。信は行から開くからである)
至心:この至心はすなはちこれ至徳の尊号をその体とせるなり。 (信巻 P.232)
信楽:すなはち利他回向の至心をもつて信楽の体とするなり。(信巻 P.235)
欲生:すなはち真実の信楽をもつて欲生の体とするなり。(信巻 P.241)
三心一心 (信巻 P.245)
まことに知んぬ、至心・信楽・欲生、その言異なりといへども、その意これ一つなり。
真実の信心はかならず名号を具す。(行である名号から信を開いたので名号を具す。)

つつしんで真実のを顕さば、すなはちこれ利他円満の妙位、無上涅槃の極果なり。(証巻 P.307)
教巻で示した教・行・信・証を結す。
それ真宗の教行信証を案ずれば、如来の大悲回向の利益なり。ゆゑに、もしは因、もしは果、一事として阿弥陀如来の清浄願心の回向成就したまへるところにあらざることあることなし。因、浄なるがゆゑに果また浄なり。知るべしとなり。 (証巻 P.312)
還相回向
二つに還相の回向といふは、すなはちこれ利他教化地の益なり。(証巻 P.313)



  1. 覚如上人・存覚上人は教行信証の四法であらわされることが多い。しかし、(改邪鈔 P.931)、(改邪鈔 P.942)、(真要鈔 P.962)、(真要鈔 P.973)、(真要鈔 P.980)、(真要鈔 P.995)、(持名鈔 P.1009)などでは『教行証』と呼称している。
  2. 明恵高弁は『摧邪輪莊嚴記』で、法然聖人の「念声是一釈」(選択集 P.1212) に対して、
    此義甚不可也。念者是心所 声者是色 心色既異何為一体乎。(*)
    この義はなはだ不可なり。念はこれ心所、声はこれ、心色すでに異なり、何ぞ一体と為すや。
    と論難していた。この論難に対して、第十八願の乃至十念の十念を第十七願の諸仏の教位において称名と開顕される意もあったのであろう。→いま…かくのごとし