仏説 無量寿経 (巻下)

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巻下

   仏説無量寿経 巻下

                      曹魏天竺三蔵康僧鎧訳

正宗分

明念仏往生

【22】  仏、阿難に告げたまはく、

「それ衆生ありてかの国に生るるものは、みなことごとく正定の聚に住す。ゆゑはいかん。かの仏国のなかにはもろもろの邪聚および不定聚なければなり。

十方恒沙の諸仏如来は、みなともに無量寿仏の威神功徳の不可思議なるを讃歎したまふ。

あらゆる衆生、その名号を聞きて、信心歓喜せんこと乃至一念せん。至心に回向したまへり。かの国に生れんと願ずれば、すなはち往生を得、不退転に住せん。ただ五逆と正法を誹謗するものとをば除く」と。

明諸行往生

明上輩

【23】

 仏、阿難に告げたまはく、「十方世界の諸天・人民、それ心を至して、かの国に生れんと願ずることあらん。おほよそ三輩あり。それ上輩といふは、家を捨て欲を棄てて沙門となり、菩提心を発して一向にもつぱら無量寿仏を念じ、もろもろの功徳を修してかの国に生れんと願ぜん。これらの衆生、寿終らんときに臨んで、無量寿仏は、もろもろの大衆とともにその人の前に現れたまふ。すなはちかの仏に随ひてその国に往生す。すなはち七宝の華のなかより自然に化生して不退転に住せん。智慧勇猛にして神通自在ならん。このゆゑに阿難、それ衆生ありて今世において無量寿仏を見たてまつらんと欲はば、無上菩提の心を発し功徳を修行してかの国に生れんと願ずべし」と。

明中輩

【24】  仏、阿難に語りたまはく、「それ中輩といふは、十方世界の諸天・人民、それ心を至してかの国に生れんと願ずることありて、行じて沙門となりて大きに功徳を修することあたはずといへども、まさに無上菩提の心を発して一向にもつぱら無量寿仏を念ずべし。多少、善を修して斎戒を奉持し、塔像を起立し、沙門に飯食せしめ、を懸け灯を燃し、華を散じ香を焼きて、これをもつて回向してかの国に生れんと願ぜん。その人、終りに臨みて、無量寿仏はその身を化現したまふ。光明・相好はつぶさに真仏のごとし。もろもろの大衆とともにその人の前に現れたまふ。すなはち化仏に随ひてその国に往生して不退転に住せん。功徳・智慧は、次いで上輩のもののごとくならん」と。

明下輩

【25】  仏、阿難に告げたまはく、「それ下輩といふは、十方世界の諸天・人民、それ心を至してかの国に生れんと欲することありて、たとひもろもろの功徳をなすことあたはざれども、まさに無上菩提の心を発して一向に意をもつぱらにして、乃至十念、無量寿仏を念じたてまつりて、その国に生れんと願ずべし。もし深法を聞きて歓喜信楽し、疑惑を生ぜずして、乃至一念、かの仏を念じたてまつりて、至誠心をもつてその国に生れんと願ぜん。この人、終りに臨んで、夢のごとくにかの仏を見たてまつりて、また往生を得。功徳・智慧は、次いで中輩のもののごとくならん」と。

明諸仏讃勧

【26】  仏、阿難に告げたまはく、

「無量寿仏の威神極まりなし。十方世界の無量無辺不可思議の諸仏如来、かれを称歎せざることなし。

東方恒沙仏国の無量無数の諸菩薩衆、みなことごとく無量寿仏の所に往詣して、恭敬し供養して、もろもろの菩薩・声聞の大衆に及ぼさん。経法を聴受し、道化を宣布す。南・西・北方・四維・上・下〔の菩薩衆〕、またまたかくのごとし」と。

往覲偈

【27】  そのときに世尊、しかも頌を説きてのたまはく、

「東方の諸仏の国、その数恒沙のごとし。
かの土の菩薩衆、往いて無量覚を覲たてまつる。
南・西・北・四維・上・下〔の仏国〕、またまたしかなり。
かの土の菩薩衆、往いて無量覚を覲たてまつる。
一切のもろもろの菩薩、おのおの天の妙華・宝香・無価の衣を齎つて、無量覚を供養したてまつる。
咸然として天の楽を奏し、和雅の音を暢発して、最勝の尊を歌歎して、無量覚を供養したてまつる、〈神通と慧とを究達して、深法門に遊入し、功徳蔵を具足して、妙智、等倫なし。
慧日、世間を照らして、生死の雲を消除したまふ〉と。
恭敬して繞ること三帀して、無上尊を稽首したてまつる。
かの厳浄の土の微妙にして思議しがたきを見て、よりて無上心を発して、わが国もまたしからんと願ず。
時に応じて無量尊、容を動かし欣笑を発したまひ、口より無数の光を出して、あまねく十方国を照らしたまふ。
光を回らして身を囲繞すること、三帀してより入る。
一切の天人衆、踊躍してみな歓喜す。
大士観世音、服を整へ稽首して問うて、仏にまうさく、〈なんの縁ありてか笑みたまふや。やや、しかなり、願はくは意を説きたまへ〉と。
〔仏の〕梵声はなほ雷の震ふがごとく、八音は妙なる響きを暢ぶ、〈まさに菩薩に記を授くべし。いま説かん。なんぢあきらかに聴け。
十方より来れる正士、われことごとくかの願を知れり。
厳浄の土を志求し、受決してまさに仏となるべし。
一切の法は、なほ夢・幻・響きのごとしと覚了すれども、もろもろの妙なる願を満足して、かならずかくのごときのを成ぜん。
法は電・影のごとしと知れども、菩薩の道を究竟し、もろもろの功徳の本を具して、受決してまさに仏となるべし。
諸法の性は、一切、空無我なりと通達すれども、もつぱら浄き仏土を求めて、かならずかくのごときの刹を成ぜん〉と。
諸仏は菩薩に告げて、安養仏を覲せしむ、〈法を聞きて楽ひて受行して、疾く清浄の処を得よ。
かの厳浄の国に至らば、すなはちすみやかに神通を得、かならず無量尊において、記を受けて等覚を成らん。
その仏の本願力、名を聞きて往生せんと欲へば、みなことごとくかの国に到りて、おのづから不退転に致る。
菩薩、至願を興して、おのれが国も異なることなからんと願ふ。
あまねく一切を度せんと念じ、名、顕れて十方に達せん。
億の如来に奉事するに、飛化してもろもろの刹に遍じ、恭敬し歓喜して去り、還りて安養国に到る。
もし人、善本なければ、この経を聞くことを得ず。
清浄に戒を有てるもの、いまし正法を聞くことを獲。
むかし世尊を見たてまつりしものは、すなはちよくこの事を信じ、謙敬にして聞きて奉行し、踊躍して大きに歓喜す。
驕慢とと懈怠とは、もつてこの法を信ずること難し。
宿世に諸仏を見たてまつりしものは、楽んでかくのごときの教を聴かん。
声聞あるいは菩薩、よく聖心を究むることなし。
たとへば生れてより盲ひたるものの、行いて人を開導せんと欲はんがごとし。
如来の智慧海は、深広にして涯底なし。
二乗の測るところにあらず。ただ仏のみ独りあきらかに了りたまへり。
たとひ一切の人、具足してみな道を得、浄慧、本空を知り、億劫に仏智を思ひ、力を窮め、講説を極めて、寿を尽すとも、なほ知らじ。
仏慧は辺際なくして、かくのごとく清浄に致る。
寿命はなはだ得がたく、仏世また値ひがたし。
信慧あること難し。もし〔法を〕聞かば精進して求めよ。
法を聞きてよく忘れず、見て敬ひ得て大きに慶ばば、すなはちわが善き親友なり。このゆゑにまさに意を発すべし。
たとひ世界に満てらん火をもかならず過ぎて、要めて法を聞かば、
かならずまさに仏道を成じて、広く生死の流れを済ふべし〉」と。

別嘆聖衆功徳

【28】  仏、阿難に告げたまはく、「かの国の菩薩は、みなまさに一生補処を究竟すべし。

その本願、衆生のためのゆゑに、弘誓の功徳をもつて、みづから荘厳してあまねく一切衆生を度脱せんと欲ふをば除く。阿難、かの仏国のなかのもろもろの声聞衆の身光は一尋なり。菩薩の光明は百由旬を照らす。ふたりの菩薩ありて最尊第一なり。威神の光明はあまねく三千大千世界を照らす」と。

阿難、仏にまうさく、「かのふたりの菩薩、その号いかん」と。仏のたまはく、「ひとりをば観世音と名づけ、ふたりをば大勢至と名づく。このふたりの菩薩は、この国土において菩薩の行を修して、命終りて転化してかの仏国に生れたまへり。阿難、それ衆生ありてかの国に生るるものは、みなことごとく三十二相を具足す。智慧成満して深く諸法に入り、要妙を究暢し、神通無碍にして諸根明利なり。その鈍根のものは二忍を成就し、その利根のものは不可計の無生法忍を得。またかの菩薩、乃至、成仏まで悪趣に更らず。神通自在にしてつねに宿命を識る。他方の五濁悪世に生じて示現してかれに同ずることわが国のごとくなるをば除く」と。

 仏、阿難に告げたまはく、「かの国の菩薩は、仏の威神〔力〕を承けて、一食のあひだに十方無量の世界に往詣して、諸仏世尊を恭敬し供養したてまつらん。心の所念に随ひて、華香・伎楽・繒蓋・幢幡、無数無量の供養の具、自然に化生して念に応じてすなはち至らん。珍妙殊特にして世の所有にあらず。すなはちもつてもろもろの仏・菩薩・声聞の大衆に奉散せん。〔散ぜし華は〕虚空のなかにありて化して華蓋となる。光色昱爍して、香気あまねく熏ず。その華の周円、四百里なるものあり。かくのごとくうたた倍してすなはち三千大千世界に覆へり。その前後に随ひて、次いでをもつて化没す。そのもろもろの菩薩、僉然として欣悦す。虚空のなかにおいてともに天の楽を奏し、微妙の音をもつて仏徳を歌歎す。経法を聴受して歓喜すること無量なり。仏を供養しをはりていまだ食せざるのさきに、忽然として軽挙してその本国に還る」と。

【29】  仏、阿難に語りたまはく、「無量寿仏、もろもろの声聞・菩薩の大衆のために法を班宣したまふとき、すべてことごとく七宝の講堂に集会して、広く道教を宣べ妙法を演暢したまふに、〔聞くもの〕歓喜し、心に解り、道を得ざることなし。即時に四方より自然に風起りて、あまねく宝樹を吹くに、五つの音声を出し、無量の妙華を雨らす。風に随ひて周遍して自然に供養すること、かくのごとくして絶えず。一切の諸天、みな天上の百千の華香・万種の伎楽を齎つて、その仏およびもろもろの菩薩・声聞の大衆を供養したまふ。あまねく華香を散じ、もろもろの音楽を奏し、前後に来往して、かはるがはるあひ開避す。このときに当りて〔大衆の〕熙怡快楽すること、あげていふべからず」と。

【30】  仏、阿難に語りたまはく、「かの仏国に生るるもろもろの菩薩等は、講説すべきところには、つねに正法を宣べ、智慧に随順して違なく失なし。その国土のあらゆる万物において我所の心なく染着の心なし。去くも来るも、進むも止まるも、情に係くるところなく、意に随ひて自在にして適莫するところなし。彼なく我なく、競なく訟なし。もろもろの衆生において大慈悲饒益の心を得たり。柔軟調伏にして忿恨の心なく、離蓋清浄にして厭怠の心なし。等心・勝心・深心・定心愛法・楽法・喜法の心のみなり。もろもろの煩悩を滅して悪趣の心を離る。

一切菩薩の所行を究竟して、無量の功徳を具足し成就せり。深き禅定ともろもろの通明慧を得て、志を七覚に遊ばしめ、心に仏法を修す。肉眼は清徹にして分了ならざることなし。天眼は通達して無量無限なり。法眼は観察して、諸道を究竟す。慧眼は真を見てよく彼岸に度す。仏眼は具足して法性を覚了す。無碍の智をもつて人のために〔法を〕演説す。等しく三界の空・無所有なるを観じて仏法を志求し、もろもろの弁才を具して衆生の煩悩の患ひを除滅す。

如より来生して法の如々を解り、よく習滅の音声の方便を知りて世語を欣はず、楽ひ正論にあり。もろもろの善本を修して、志仏道を崇む。一切の法はみなことごとく寂滅なりと知りて、生身・煩悩二余ともに尽せり。甚深の法を聞きて心に疑懼せず、つねによく修行す。その大悲は深遠微妙にして覆載せずといふことなし。一乗を究竟して〔衆生を〕彼岸に至らしむ。疑網を決断して、慧、心によりて出づ。仏の教法において該羅して外なし。 〔浄土の菩薩の〕智慧は大海のごとく、三昧は山王のごとし。慧光は明浄にして日月に超踰せり。 清白の法具足し円満すること、なほ雪山のごとし、もろもろの功徳を照らすこと等一にして浄きがゆゑに。 なほ大地のごとし、浄穢・好悪、異心なきがゆゑに。なほ浄水のごとし、塵労もろもろの垢染を洗除するがゆゑに。

なほ火王のごとし、一切の煩悩の薪を焼滅するがゆゑに。なほ大風のごとし、もろもろの世界に行ずるに障碍なきがゆゑに。

なほ虚空のごとし、一切の有において所着なきがゆゑに。なほ蓮華のごとし、もろもろの世間において汚染なきがゆゑに。

なほ大乗のごとし、群萌を運載して生死を出すがゆゑに。なほ重雲のごとし、大法の雷を震ひて未覚を覚せしむるがゆゑに。

なほ大雨のごとし、甘露の法を雨らして、衆生を潤すがゆゑに。

金剛山のごとし、衆魔・外道、動かすことあたはざるがゆゑに。

梵天王のごとし、もろもろの善法において最上首なるがゆゑに。

尼拘類樹のごとし、あまねく一切を覆ふがゆゑに。

優曇鉢華のごとし、希有にして遇ひがたきがゆゑに。

金翅鳥のごとし、外道を威伏するがゆゑに。もろもろの遊禽のごとし、蔵積するところなきがゆゑに。

なほ牛王のごとし、よく勝つものなきがゆゑに。

なほ象王のごとし、よく調伏するがゆゑに。

獅子王のごとし、畏るるところなきがゆゑに。

曠きこと虚空のごとし、大慈、等しきがゆゑに。

〔菩薩は〕嫉心を摧滅す、勝れるを忌まざるがゆゑに。もつぱら法を楽ひ求めて心厭足なし。つねに広説を欲ひて、志疲倦なし。法鼓を撃ち、法幢を建て、慧日を曜かし、痴闇を除く。六和敬を修してつねに法施を行ず。志勇精進にして心退弱せず。世の灯明となりて最勝の福田なり。つねに導師となり、等しくして憎愛なし。ただ正道を楽ひて余の欣戚なし。もろもろの欲の刺を抜いてもつて群生を安んず。功慧、殊勝にして尊敬せられざることなし。三垢の障を滅し、もろもろの神通に遊ぶ。

因力縁力意力願力方便の力常力善力定力慧力多聞の力、施・戒・忍辱・精進・禅定・智慧の力、正念・正観・もろもろの通明の力、法のごとくもろもろの衆生を調伏する力、かくのごときらの力、一切具足せり。

身色・相好・功徳・弁才を具足し荘厳して、ともに等しきものなし。無量の諸仏を恭敬し供養したてまつりて、つねに諸仏のためにともに称歎せらる。菩薩のもろもろの波羅蜜を究竟し、空・無相・無願三昧と、不生不滅〔等の〕もろもろの三昧門を修して、声聞・縁覚の地を遠離す。阿難、かのもろもろの菩薩、かくのごときの無量の功徳を成就せり。

われただなんぢがために略してこれを説くのみ。もし広く説かば百千万劫にも窮尽することあたはじ」と。

釈迦分

【31】  仏、弥勒菩薩ともろもろの天・人等に告げたまはく、「無量寿国の声聞・菩薩の功徳・智慧は、称説すべからず。またその国土は、微妙安楽にして清浄なることかくのごとし。なんぞつとめて善をなして、道の自然なるを念じて、上下なく洞達して辺際なきことを著さざらん。よろしくおのおのつとめて精進して、つとめてみづからこれを求むべし。

かならず〔迷ひの世界を〕超絶して去つることを得て安養国に往生して、横に五悪趣を截り、悪趣自然に閉ぢ、道に昇るに窮極なからん。 〔安養国は〕往き易くして人なしその国逆違せず、自然の牽くところなり。

なんぞ世事を棄てて勤行して道徳を求めざらん。極長の生を獲て、寿の楽しみ極まりあることなかるべし。 しかるに世の人、薄俗にしてともに不急の事を諍ふ。この劇悪極苦のなかにして、身の営務を勤めてもつてみづから給済す。尊となく卑となく、貧となく富となく、少長・男女ともに銭財を憂ふ。有無同然にして憂思まさに等し。屏営として愁苦し、念を累ね、慮りを積みて、〔欲〕心のために走り使はれて、安きときあることなし。

田あれば田に憂へ、宅あれば宅に憂ふ。牛馬六畜・奴婢・銭財・衣食・什物、またともにこれを憂ふ。思を重ね息を累みて憂念愁怖す。横に非常の水火・盗賊・怨家・債主のために焚かれ漂され劫奪せられ、消散し磨滅せば、憂毒忪々として解くるときあることなし。憤りを心中に結びて、憂悩を離れず。

心堅く意固く、まさに縦捨することなし。あるいは摧砕によりて身亡び命終れば、これを棄捐して去るに、たれも随ふものなし。尊貴・豪富もまたこの患ひあり。憂懼万端にして、勤苦することかくのごとし。もろもろの寒熱を結びて痛みとともに居す。貧窮・下劣のものは、困乏してつねに無けたり。田なければ、また憂へて田あらんことを欲ふ。宅なければまた憂へて宅あらんことを欲ふ。牛馬六畜・奴婢・銭財・衣食・什物なければまた憂へてこれあらんことを欲ふ。

たまたま一つあればまた一つ少け、これあればこれを少く。斉等にあらんと思ふ。たまたまつぶさにあらんと欲へば、すなはちまた糜散す。かくのごとく憂苦してまさにまた求索すれども、ときに得ることあたはず。思想するも益なく、身心ともに労れて、坐起安からず、憂念あひ随ひて勤苦することかくのごとし。またもろもろの寒熱を結びて痛みとともに居す。あるときはこれによつて身を終へ、命を夭ぼす。あへて善をなし道を行じて徳に進まず。寿終り、身死してまさに独り遠く去るべし。趣向するところあれども、善悪の道よく知るものなし。

世間の人民にして、父子・兄弟・夫婦・家室中外の親属、まさにあひ敬愛してあひ憎嫉することなかるべし。有無あひ通じて、貪惜を得ることなく、言色つねに和してあひ違戻することなかれ。あるときは心諍ひて恚怒するところあり。今世の恨みの意は微しきあひ憎嫉すれども、後世にはうたた劇しくして大きなる怨となるに至る。ゆゑはいかんとなれば、世間の事たがひにあひ患害す。即時に急にあひ破すべからずといへども、しかも毒を含み怒りを畜へて憤りを精神に結び、自然に剋識してあひ離るることを得ず。みなまさに対生してたがひにあひ報復すべし。

人、世間愛欲のなかにありて、独り生れ独り死し、独り去り独り来る。行に当りて苦楽の地に至り趣く。身みづからこれを当くるに、代るものあることなし。善悪変化して、殃福処を異にし、あらかじめ厳しく待ちてまさに独り趣入すべし。遠く他所に到りぬればよく見るものなし

善悪自然にして行を追うて生ずるところなり。窈々冥々として別離久しく長し。道路同じからずして会ひ見ること期なし。はなはだ難く、はなはだ難ければ、またあひ値ふことを得んや。なんぞ衆事を棄てざらん。おのおの強健のときに曼びて、つとめて善を勤修し精進して度世を願ひ、極長の生を得べし。いかんぞ道を求めざらん。いづくんぞすべからく、待つべきところある。なにの楽をか欲するや。

かくのごときの世人、善をなして善を得、道をなして道を得ることを信ぜず。人死してさらに生じ、恵施して福を得ることを信ぜず。善悪の事すべてこれを信ぜずして、これをしからずと謂うてつひに是することあることなし。ただこれによるがゆゑに、またみづからこれを見る。

たがひにあひ瞻視して先後同じくしかなり。うたたあひ承受するに父の余せる教令をもつてす。先人・祖父もとより善をなさず、道徳を識らず、身愚かに神闇く、心塞り意閉ぢて、死生の趣、善悪の道、みづから見ることあたはず、語るものあることなし。吉凶・禍福、競ひておのおのこれをなすに、ひとりも怪しむものなし。生死の常の道、うたたあひ嗣ぎて立つ。あるいは父、子に哭し、あるいは子、父に哭す。兄弟・夫婦たがひにあひ哭泣す。顛倒上下することは、無常の根本なり。みなまさに過ぎ去るべく、つねに保つべからず。

〔道理を〕教語し開導すれどもこれを信ずるものは少なし。ここをもつて生死流転し、休止することあることなし。かくのごときの人、矇冥抵突して経法を信ぜず、心に遠き慮りなくして、おのおの意を快くせんと欲へり。 愛欲に痴惑せられて道徳を達らず、瞋怒に迷没し財色を貪狼す。これによつて道を得ず、まさに悪趣の苦に更り、生死窮まりやむことなかるべし。哀れなるかな、はなはだ傷むべし。あるときは室家の父子・兄弟・夫婦、ひとりは死しひとりは生きて、たがひにあひ哀愍し、恩愛思慕して、憂念〔身心を〕結縛す、心意痛着してたがひにあひ顧恋す。日を窮め歳を卒へて、解けやむことあることなし。

道徳を教語すれども心開明せず、恩好を思想して情欲を離れず。昏矇閉塞して愚惑に覆はれたり。深く思ひ、つらつら計り、心みづから端正にして専精に道を行じて世事を決断することあたはず。便旋として竟りに至る。年寿終りつきぬれば、道を得ることあたはず、いかんともすべきことなし。総猥憒擾にしてみな愛欲を貪る。道に惑へるものは衆く、これを悟るものは寡し。世間怱々として憀頼すべきものなし。尊卑・上下・貧富・貴賤、勤苦怱務しておのおの殺毒を懐く。悪気窈冥にしてために妄りに事を興す。天地に違逆し、人心に従はず。

自然の非悪、まづ随ひてこれに与し、ほしいままに所為を聴してその罪の極まるを待つ。その寿いまだ尽きざるに、すなはちたちまちにこれを奪ふ。悪道に下り入りて累世に勤苦す。そのなかに展転して数千億劫も出づる期あることなし。痛みいふべからず、はなはだ哀愍すべし」と。

【32】  仏、弥勒菩薩ともろもろの天・人等に告げたまはく、「われいまなんぢに世間の事を語る。人これをもつてのゆゑに坐まりて道を得ず。まさにつらつら思ひ計りて衆悪を遠離し、その善のものを択びてつとめてこれを行ずべし。愛欲・栄華つねに保つべからず、みなまさに別離すべし。楽しむべきものなし。

仏の在世に曼びて、まさにつとめて精進すべし。

それ至心に安楽国に生れんと願ずることあるものは、智慧あきらかに達り、功徳殊勝なることを得べし。

心の所欲に随ひて、経戒を虧負して、人の後にあることを得ることなかれ。もし疑の意ありて経を解らざるものは、つぶさに仏に問ひたてまつるべし。まさにためにこれを説くべし」と。

 弥勒菩薩、長跪してまうさく、「仏は威神尊重にして、説きたまふところ快く善し。仏の経語を聴きて心に貫きてこれを思ふに、世人まことにしかなり。 仏ののたまふところのごとし。いま仏、慈愍して大道を顕示したまふに、耳目開明にして長く度脱を得。仏の所説を聞きたてまつりて歓喜せざることなし。

諸天・人民・蠕動の類、みな慈恩を蒙りて憂苦を解脱す。仏語の教誡ははなはだ深くはなはだ善し。智慧あきらかに八方上下、去来今の事を見そなはして、究暢せざることなし。

いまわれ衆等、度脱を得ることを蒙るゆゑは、みな仏の前世に求道のとき謙苦せしが致すところなり。恩徳あまねく〔衆生を〕覆ひて福禄巍々たり。光明徹照して空を達ること極まりなし。〔人をして〕泥洹に開入せしめ、典攬を教授し威制消化して十方を感動せしめたまふこと無窮無極なり。

仏は法王たり、尊きこと衆聖に超えたまへり。あまねく一切の天・人の師となりて、〔人々の〕心の所願に随ひてみな道を得しめたまふ。いま仏に値ひたてまつることを得、また無量寿仏の声を聞きて歓喜せざるものなし。心開明なることを得たり」と。

【33】  仏、弥勒菩薩に告げたまはく、「なんぢがいへることは是なり。もし、仏を慈敬することあらば、実に大善なりとす。天下に久々にしていましまた仏まします。いまわれこの世において仏となりて、経法を演説し、道教を宣布して、もろもろの疑網を断ち、愛欲の本を抜き、衆悪の源を杜ぐ。三界に遊歩するに拘碍するところなし。典攬の智慧は衆道の要なり。綱維を執持して昭然分明なり。五趣を開示していまだ度せざるものを度し、生死と泥洹の道を決正す。

弥勒、まさに知るべし。なんぢ、無数劫よりこのかた菩薩の行を修して衆生を度せんと欲するに、それすでに久遠なり。なんぢに従ひて道を得、泥洹に至るもの、はかり数ふべからず。なんぢおよび十方の諸天・人民・一切の四衆、永劫よりこのかた五道に展転して、憂畏勤苦つぶさにいふべからず。乃至、今世まで生死絶えず。仏とあひ値うて経法を聴受し、またまた無量寿仏を聞くことを得たり。

快きかな、はなはだ善し。われ、なんぢを助けて喜ばしむ。なんぢいままたみづから生・死・老・病の痛苦を厭ふべし。悪露不浄にして楽しむべきものなし。よろしくみづから決断して身を端しく行を正しくして、ますますもろもろの善をなし、おのれを修めて体を潔くし、心垢を洗除し、言行忠信にして表裏相応すべし。人よくみづから度してうたたあひ拯済し、精明に求願して善本を積累せよ。

一世に勤苦すといへども須臾のあひだなり、後に無量寿仏国に生れて快楽極まりなし。長く道徳と合明して永く生死の根本を抜き、また貪・恚・愚痴の苦悩の患ひなく、寿一劫・百劫・千万億劫ならんと欲へば、自在に意に随ひてみなこれを得べし。〔浄土は〕無為自然にして泥洹の道に次し。なんぢら、よろしくおのおの精進して心の所願を求むべし。

〔仏智を〕疑惑し中悔して、みづから過咎をなして、かの辺地の七宝の宮殿に生れて、五百歳のうちにもろもろのを受くることを得ることなかれ」と。弥勒、仏にまうしてまうさく、「仏の重誨を受けて専精に修学し、教のごとく奉行して、あへて疑ふことあらじ」と。

【34】  仏、弥勒に告げたまはく、「なんぢらよくこの世にして、心を端しくし意を正しくして衆悪をなさざれば、はなはだ至徳なりとす。十方世界にもつとも倫匹なけん。ゆゑはいかん。諸仏の国土の天・人の類は、自然に善をなして大きに悪をなさざれば、開化すべきこと易し。いまわれこの世間において仏になりて五悪・五痛五焼のなかに処すること、もつとも劇苦なりとす。群生を教化して五悪を捨てしめ、五痛を去らしめ、五焼を離れしめ、その意を降化して五善を持たしめて、その福徳・度世・長寿・泥洹の道を獲しめん」と。仏のたまはく、「なんらか五悪、なんらか五痛、なんらか五焼なる。なんらか五悪を消化して五善を持たしめて、その福徳・度世・長寿・泥洹の道を獲しむる」と。

五悪段

【35】  仏のたまはく、「その一つの悪とは、諸天・人民・蠕動の類、衆悪をなさんと欲へり、みなしからざるはなし。強きものは弱きを伏し、うたたあひ剋賊し、残害殺戮してたがひにあひ呑噬す。善を修することを知らず、悪逆無道にして、後に殃罰を受けて、自然に〔悪道に〕趣向す。神明記識して、犯せるものを赦さず。ゆゑに貧窮・下賤・乞匃・孤独・聾・盲・瘖瘂・愚痴・弊悪のものありて、・狂・不逮の属あるに至る。また尊貴・豪富・高才・明達なるものあり。

みな宿世に慈孝ありて、善を修し徳を積むの致すところによるなり。世に常道の王法の牢獄あれども、あへて畏れ慎まず。悪をなし罪に入りてその殃罰を受く。解脱を求望すれども免れ出づることを得がたし。世間に、この目前に見ることあり。寿終りて後世に〔受くるところの苦しみは〕もつとも深く、もつとも劇し。その幽冥に入り、生を転じて身を受くること、

たとへば王法の痛苦極刑なるがごとし。ゆゑに自然に三塗無量の苦悩ありて、うたたその身を貿へ、形を改め、〔六道輪廻して〕道を易へて、受くるところの寿命、あるいは長く、あるいは短し。魂神精識、自然にこれに趣く。まさに独り値ひ向かひ、あひ従ひてともに生れて、たがひにあひ報復して絶えやむことあることなかるべし。殃悪いまだ尽きざれば、あひ離るることを得ず。そのなかに展転して出づる期あることなく、解脱を得がたし。痛みいふべからず。天地のあひだに自然にこれあり。即時ににはかに善悪の道に至るべからずといへども、かならずまさにこれに帰すべし。これを一つの大悪・一つの痛・一つの焼とす。勤苦かくのごとし。たとへば大火の人身を焚焼するがごとし。人よくなかにおいて一心に意を制し、身を端しくし、行ひを正しくして、独りもろもろの善をなして衆悪をなさざれば、身独り度脱して、その福徳・度世・上天・泥洹の道を獲ん。これを一つの大善とす」と。

【36】  仏のたまはく、「その二つの悪とは、世間の人民・父子・兄弟・室家・夫婦、すべて義理なくして法度に順はず。奢婬驕縦にしておのおの意を快くせんと欲へり。心に任せてみづからほしいままにたがひにあひ欺惑す。心口おのおの異にして、言念実なし。 佞諂不忠にして、巧言諛媚なり。賢を嫉み善を謗りて、怨枉に陥し入る。主上あきらかならずして、臣下を任用すれば、臣下自在にして機偽多端なり。度を践みよく行ひてその形勢を知る。位にありて正しからざれば、それがために欺かれ、みだりに忠良を損じて天心に当らず。臣はその君を欺き、子はその父を欺く。兄弟・夫婦・中外・知識、たがひにあひ欺誑す。おのおの貪欲・瞋恚・愚痴を懐きて、みづからおのれを厚くせんと欲ひ、多くあることを欲貪す。尊卑・上下、心ともに同じくしかなり。

家を破り身を亡ぼし、前後を顧みず、親属内外これによりて滅ぶ。あるときは室家・知識郷党市里・愚民・野人、うたたともに事に従ひてたがひにあひ利害し、忿りて怨結をなす。富有なれども慳惜してあへて施与せず。宝を愛して貪ること重く、心労し、身苦す。かくのごとくして、竟りに至りて恃怙するところなし。

独り来り独り去り、ひとりも随ふものなけん。善悪・禍福、命を追ひて生ずるところなり。あるいは楽処にあり、あるいは苦毒に入る。しかるのちに、いまし悔ゆともまさにまたなんぞ及ぶべき。世間の人民、心愚かにして智少なし。善を見ては憎み謗りて、慕ひ及ばんことを思はず、ただ悪をなさんと欲ひて、みだりに非法をなす。

つねに盗心を懐きて他の利を悕望す。消散し糜尽してしかもまた求索す。邪心にして正しからざれば、人の色ることあらんことを懼る。あらかじめ思ひ計らずして、事に至りていまし悔ゆ。今世に現に王法の牢獄あり。罪に随ひて趣向してその殃罰を受く。その前世に道徳を信ぜず、善本を修せざるによりていままた悪をなさば、天神、剋識してその名籍を別つ。寿終り、神逝きて悪道に下り入る。ゆゑに自然に三塗の無量の苦悩あり。

そのなかに展転して世々に劫を累ねて出づる期あることなく、解脱を得がたし。痛みいふべからず。これを二つの大悪・二つの痛・二つの焼とす。勤苦かくのごとし。たとへば大火の人身を焚焼するがごとし。人よくなかにおいて一心に意を制し、身を端しくし、行ひを正しくして、独りもろもろの善をなして衆悪をなさざれば、身独り度脱して、その福徳・度世・上天・泥洹の道を獲ん。これを二つの大善とす」と。

【37】  仏のたまはく、「その三つの悪とは、世間の人民、あひ因り寄生してともに天地のあひだに居す。処年寿命、よくいくばくなることなし。上に賢明・長者・尊貴・豪富あり。下に貧窮・廝賤・劣・愚夫あり。なかに不善の人ありてつねに邪悪を懐けり。ただ婬妷を念ひて、煩ひ胸のうちに満ち、愛欲交乱して坐起安からず。貪意守惜して、ただいたづらに得んことを欲ふ。細色を眄睞して邪態ほかにほしいままにす。自妻をば厭ひ憎みてひそかにみだりに入出す。家財を費損して、事非法をなす。 交結聚会して師を興してあひ伐つ。攻め劫ひ殺戮して強奪すること不道なり。悪心ほかにありてみづから業を修せず。盗窃して趣かに得れば、欲繋して事をなす恐熱迫愶して妻子に帰給す。

心を恣にし、意を快くし、身を極めて楽しみをなす。あるいは親属において尊卑を避けず。家室・中外患ひてこれに苦しむ。またまた王法の禁令を畏れず。かくのごときの悪は人・鬼に著され、日月も照見し、神明も記識す。ゆゑに自然に三塗の無量の苦悩あり。そのなかに展転して世々に劫を累ねて出づる期あることなく、解脱を得がたし。痛みいふべからず。これを三つの大悪・三つの痛・三つの焼とす。勤苦かくのごとし。

たとへば大火の人身を焚焼するがごとし。人よくなかにおいて一心に意を制し、身を端し、行ひを正しくして、独りもろもろの善をなして衆悪をなさざれば、身独り度脱してその福徳・度世・上天・泥洹の道を獲ん。これを三つの大善とす」と。

【38】  仏のたまはく、「その四つの悪とは、世間の人民、善を修せんと念はず、うたたあひ教令してともに衆悪をなす。両舌・悪口・妄言・綺語讒賊闘乱す。善人を憎嫉し、賢明を敗壊して、傍らにして快喜す。二親に孝せず、師長を軽慢し、朋友に信なくして、誠実を得がたし。尊貴自大にしておのれに道ありと謂ひ、横に威勢を行じて人を侵易し、みづから知ることあたはず。悪をなして恥づることなし。みづから強健なるをもつて、人の敬難せんことを欲へり。

天地・神明・日月を畏れず、あへて善をなさず、降化すべきこと難し。みづからもつて偃して、つねにしかるべしと謂ひ、憂懼するところなく、つねに驕慢を懐けり。かくのごときの衆悪、天神記識す。その前世にすこぶる福徳をなせるによりて、小善扶接営護してこれを助く。今世に悪をなして福徳ことごとく滅しぬれば、もろもろの善鬼神、おのおのともにこれを離る。

身独り空しく立ちて、また依るところなし。寿命終りつきて諸悪の帰するところ自然に迫促してともに趣きてこれに頓る。またその名籍、記して神明にあり。殃咎牽引して、まさに往いて〔悪道に〕趣向すべし。罪報自然にして従ひて捨離することなし。ただ前み行いて火鑊に入ることを得て、身心摧砕し精神痛苦す。このときに当りて悔ゆともまたなんぞ及ばん。天道自然にして、蹉跌することを得ず。ゆゑに自然に三塗の無量の苦悩あり。そのなかに展転して、世々に劫を累ねて出づる期あることなく、解脱を得がたし。痛みいふべからず。これを四つの大悪・四つの痛・四つの焼とす。勤苦かくのごとし。

たとへば大火の人身を焚焼するがごとし。人よくなかにおいて、一心に意を制し、身を端し、行ひを正しくして、独りもろもろの善をなして衆悪をなさざれば、身独り度脱して、その福徳・度世・上天・泥洹の道を獲ん。これを四つの大善とす」と。

【39】  仏のたまはく、「その五つの悪とは、世間の人民、徙倚懈惰にして、あへて善をなし身を治め業を修せずして、家室・眷属、飢寒困苦す。父母、教誨すれば、目を瞋らし怒りて譍ふ。

言令和らかならず。違戻し反逆すること、たとへば怨家のごとし。子なきにしかず。取与になくして、衆ともに患ひ厭ふ。恩に負き義に違して報償の心あることなし。貧窮困乏にしてまた得ることあたはず。辜較縦奪してほしいままに遊散す。しばしばいたづらに得るに串ひて、もつてみづから賑給す。酒に耽り、美きを嗜みて、飲食、なし。

心をほしいままに蕩逸して魯扈牴突す。人の情を識らず、しひて抑制せんと欲ふ。人の善あるを見て、憎嫉してこれを悪む。義なく礼なくして〔わが身を〕顧み難るところなし。 みづからもつて職当して諫暁すべからず。六親・眷属の所資の有無、憂念することあたはず。父母の恩を惟はず、師友の義を存せず。心につねに悪を念ひ、口につねに悪をいひ、身につねに悪を行じて、かつて一善もなし。先聖・諸仏の経法を信ぜず、道を行じて度世を得べきことを信ぜず、死してのちに神明さらに生ずることを信ぜず。善をなせば善を得、悪をなせば悪を得ることを信ぜず。真人を殺し、衆僧を闘乱せんと欲ひ、父母・兄弟・眷属を害せんと欲ふ。

六親、憎悪してそれをして死せしめんと願ふ。かくのごときの世人、心意ともにしかなり。愚痴矇昧にしてみづから智慧ありと以うて、生の従来するところ、死の趣向するところを知らず。仁ならず、順ならず、天地に悪逆してそのなかにおいて僥倖を悕望し、長生を求めんと欲すれども、かならずまさに死に帰すべし。慈心をもつて教誨して、それをして善を念ぜしめ、生死・善悪の趣、自然にこれあることを開示すれども、しかもあへてこれを信ぜず。心を苦きてともに語れども、その人に益なし。心中閉塞して意開解せず。大命まさに終らんとするに悔懼こもごも至る。あらかじめ善を修せずして、窮まるに臨んでまさに悔ゆ。これを後に悔ゆともまさになんぞ及ばんや。

天地のあひだに五道〔の輪廻の道理〕、分明なり。恢廓窈窕として浩々茫々たり。善悪報応し、禍福あひ承けて、身みづからこれに当る。たれも代るものなし。の自然なり。その所行に応じて、殃咎、命を追うて、縦捨を得ることなし。

善人は善を行じて、楽より楽に入り、明より明に入る。悪人は悪を行じて、苦より苦に入り、より冥に入る。たれかよく知るものぞ、独り仏の知りたまふのみ。教語開示すれども信用するものは少なし。生死休まず、悪道絶えず。かくのごときの世人、つぶさに〔述べ〕尽すべきこと難し。ゆゑに自然に三塗の無量の苦悩あり。そのなかに展転して世々に劫を累ね、出づる期あることなく、解脱を得がたし。痛みいふべからず。 これを五つの大悪・五つの痛・五つの焼とす。勤苦かくのごとし。たとへば大火の人身を焚焼するがごとし。人よくなかにおいて一心に意を制し、身を端し、念を正しくして、言行あひ副ひ、なすところ誠を至し、語るところ語のごとく、心口転ぜずして、独りもろもろの善をなして衆悪をなさざれば、身独り度脱して、その福徳・度世・上天・泥洹の道を獲ん。これを五つの大善とす」と。

【40】  仏、弥勒に告げたまはく、「われなんぢらに語りしごとく、この世の五悪、勤苦かくのごとし。五痛・五焼、展転してあひ生ず。ただ衆悪をなして善本を修せざれば、みなことごとく自然にもろもろの悪趣に入る。あるいはそれ今世にまづ殃病を被りて、死を求むるに得ず。生を求むるに得ず。罪悪の招くところ衆に示してこれを見せしむ。身死して行に随うて三悪道に入りて、苦毒無量にしてみづからあひ燋然す。その久しくして後に至りて〔再び人間界に生じ〕ともに怨結をなし、小微より起りてつひに大悪となる。みな財色に貪着して施恵することあたはざるによりてなり。痴欲に迫められて心に随うて思想す。

煩悩結縛して解けやむことあることなし。おのれを厚くし利を諍ひて省録するところなし。富貴・栄華、時に当りて意を快くして忍辱することあたはず。 つとめて善を修せざれば、威勢いくばくもなくして、随ひてもつて磨滅す。身とどまりて労苦す。久しくして後大きに劇し。天道、施張して自然に糺挙し、綱紀の羅網、上下相応す煢々忪々として、まさにそのなかに入るべし。古今にこれあり。痛ましきかな、傷むべし」と。 仏、弥勒に語りたまはく、「世間かくのごとし。仏みなこれを哀れみたまひて、威神力をもつて衆悪を摧滅してことごとく善に就かしめたまふ。所思を棄捐し経戒を奉持し、道法を受行して違失するところなくは、つひに度世・泥洹の道を得ん」と。

仏のたまはく、「なんぢいまの諸天・人民、および後世の人、仏の経語を得て、まさにつらつらこれを思ひて、よくそのなかにおいて心を端しくして行ひを正しくすべし。 主上善をなして、その下を率化してうたたあひ勅令し、おのおのみづから端しく守り、聖〔者〕を尊び、善〔人〕を敬ひ、仁慈博愛にして、仏語の教誨あへて虧負することなかれ。まさに度世を求めて生死衆悪の本を抜断すべし。まさに三塗の無量の憂畏苦痛の道を離るべし。なんぢらここにおいて広く徳本を植ゑて、恩を布き恵を施して、道禁を犯すことなかれ。忍辱・精進・一心・智慧をもつてうたたあひ教化し、徳をなし善を立てよ。心を正しくし、意を正しくして、斎戒清浄なること一日一夜すれば、無量寿国にありて善をなすこと百歳せんに勝れたり。ゆゑはいかん。かの仏国土は無為自然にして、みな衆善を積んで毛髪の悪もなければなり。ここにして善を修すること十日十夜すれば、他方の諸仏国土にして善をなすこと千歳するに勝れたり。ゆゑはいかん。

他方の仏国は、善をなすものは多く悪をなすものは少なし。福徳自然にして造悪の地なければなり。ただこのあひだのみ悪多くして、自然なることあることなし。勤苦して欲を求め、うたたあひ欺紿し、心労し形困しみて、苦を飲み毒を食らふ。かくのごとく怱務して、いまだかつて寧息せず。

われなんぢら天・人の類を哀れみて、苦心に誨喩し、教へて善を修せしむ。に随ひて開導し、経法を授与するに承用せざることなし。意の所願にありてみな道を得しむ。仏の遊履したまふところの国邑丘聚、化を蒙らざるはなし。天下和順し日月清明なり。風雨時をもつてし、災厲起らず、国豊かに民安くして兵戈用ゐることなし。〔人民〕徳を崇め仁を興し、つとめて礼譲を修す」と。仏のたまはく、

「われなんぢら諸天・人民を哀愍すること、父母の子を念ふよりもはなはだし。いまわれこの世間において仏となり、五悪を降化し、五痛を消除し、五焼を絶滅して、善をもつて悪を攻め、生死の苦を抜いて五徳を獲しめ、無為の安きに昇らしむ。われ世を去りてのち、経道やうやく滅し、人民諂偽にしてまた衆悪をなし、五痛・五焼還りて前の法のごとく、久しくして後にうたた劇しからんこと、ことごとく説くべからず。

われただなんぢがために略してこれをいふのみ」と。仏、弥勒に語りたまはく、「なんぢらおのおのよくこれを思ひ、うたたあひ教誡し、仏の経法のごとくして犯すこと得ることなかれ」と。ここにおいて弥勒菩薩、合掌してまうさく、「仏の所説、はなはだ苦なり。 世人まことにしかなり。如来あまねく慈しみて哀愍し、ことごとく度脱せしめたまふ。仏の重誨を受けてあへて違失せじ」と。

智慧段

【41】  仏、阿難に告げたまはく、「なんぢ起ちてさらに衣服を整へ、合掌し恭敬して無量寿仏を礼したてまつれ。十方国土の諸仏如来は、つねにともにかの仏の無着・無碍なるを称揚し讃歎したまへばなり」と。ここにおいて阿難起ちて、衣服を整へ、身を正しくし、面を西にして、恭敬し合掌して、五体を地に投げて、無量寿仏を礼したてまつりてまうさく、「世尊、願はくはかの仏・安楽国土、およびもろもろの菩薩・声聞の大衆を見たてまつらん」と。

この語を説きをはるに、即時に無量寿仏は、大光明を放ちてあまねく一切諸仏の世界を照らしたまふ。金剛囲山、須弥山王、大小の諸山、一切のあらゆるものみな同じく一色なり。たとへば劫水の世界に弥満するに、そのなかの万物、沈没して現れず、滉瀁浩汗としてただ大水をのみ見るがごとし。かの仏の光明もまたまたかくのごとし。

声聞・菩薩の一切の光明、みなことごとく隠蔽して、ただ仏光の明曜顕赫なるを見たてまつる。そのとき阿難、すなはち無量寿仏を見たてまつるに、威徳巍々として、須弥山王の高くして、一切のもろもろの世界の上に出づるがごとし。相好〔より放つ〕光明の照曜せざることなし。この会の四衆、一時にことごとく見たてまつる。かしこにしてこの土を見ること、またまたかくのごとし。

【42】  そのとき仏、阿難および慈氏菩薩(弥勒)に告げたまはく、「なんぢ、かの国を見るに、地より以上、浄居天に至るまで、そのなかのあらゆる微妙厳浄なる自然のもの、ことごとく見るとせんや、いなや」と。阿難対へてまうさく、「やや、しかなり、すでに見たてまつれり」と。「なんぢ、むしろまた無量寿仏の大音、一切世界に宣布して、衆生を化したまふを聞くや、いなや」と。

阿難対へてまうさく、「やや、しかなり、すでに聞きたてまつれり」と。「かの国の人民、百千由旬の七宝の宮殿に乗じて障碍あることなく、あまねく十方に至りて諸仏を供養するを、なんぢ、また見るや、いなや」と。対へてまうさく、「すでに見たてまつれり」と。「かの国の人民に胎生のものあり。なんぢ、また見るや、いなや」。対へてまうさく、「すでに見たてまつれり」と。

「その胎生のものの処するところの宮殿は、あるいは百由旬、あるいは五百由旬なり。おのおのそのなかにしてもろもろの快楽を受くること忉利天上のごとくにして、またみな自然なり」と。

【43】  そのときに慈氏菩薩(弥勒)、仏にまうしてまうさく、「世尊、なんの因、なんの縁ありてか、かの国の人民、胎生・化生なる」と。仏、慈氏に告げたまはく、「もし衆生ありて、疑惑の心をもつてもろもろの功徳を修してかの国に生れんと願はん。仏智・不思議智・不可称智・大乗広智・無等無倫最上勝智を了らずして、この諸智において疑惑して信ぜず。しかるになほ罪福を信じ善本を修習して、その国に生れんと願ふ。このもろもろの衆生、かの宮殿に生れて寿五百歳、つねに仏を見たてまつらず、経法を聞かず、菩薩・声聞の聖衆を見たてまつらず。このゆゑに、かの国土においてこれを胎生といふ。

もし衆生ありて、あきらかに仏智乃至勝智を信じ、もろもろの功徳をなして信心回向すれば、このもろもろの衆生、七宝の華中において自然に化生し、跏趺して坐し、須臾のあひだに身相・光明・智慧・功徳、もろもろの菩薩のごとく具足し成就せん。

【44】  また次に慈氏(弥勒)、他方仏国の諸大菩薩、発心して、無量寿仏を見たてまつり、〔無量寿仏〕およびもろもろの菩薩・声聞の衆を恭敬し供養せんと欲はん。かの菩薩等、命終りて無量寿国に生ずることを得て、七宝の華の中において自然に化生せん。

弥勒、まさに知るべし。かの化生のものは智慧勝れたるがゆゑなり。その胎生のものはみな智慧なし。

五百歳のなかにおいてつねに仏を見たてまつらず、経法を聞かず、菩薩・もろもろの声聞の衆を見ず、仏を供養するによしなし。菩薩の法式を知らず、功徳を修習することを得ず。まさに知るべし、この人は宿世のとき、智慧あることなくして疑惑せしが致すところなり」と。

【45】  仏、弥勒に告げたまはく、「たとへば、転輪聖王のごとき、別に七宝の宮室ありて種々に荘厳し、床帳を張設し、もろもろの繒旛を懸く、もしもろもろの小王子ありて、罪を王に得れば、すなはちかの宮中に内れて、繋ぐに金鎖をもつてす、

飲食・衣服・床褥・華香・妓楽を供給せんこと、転輪王のごとくして乏少するところなけん。意においていかん。このもろもろの王子、むしろかの処を楽ふや、いなや」と。

対へてまうさく、「いななり。ただ種々に方便して、もろもろの大力〔ある人〕を求めてみづから免れ出でんことを欲ふ」と。仏、弥勒に告げたまはく、

「このもろもろの衆生もまたまたかくのごとし。仏智を疑惑せしをもつてのゆゑに、かの〔胎生の〕宮殿に生じて、

刑罰乃至一念の悪事もあることなし。ただ五百歳のうちにおいて三宝を見たてまつらず、〔諸仏を〕供養してもろもろの善本を修することを得ず。これをもつて苦とす。余の楽ありといへども、なほかの処を楽はず。

もしこの衆生、その本の罪を識りて、深くみづから悔責して、かの処を離れんことを求めば、

すなはち意のごとく、無量寿仏の所に往詣して恭敬し供養することを得、またあまねく無量無数の諸余の仏の所に至りて、もろもろの功徳を修することを得ん。

弥勒、まさに知るべし。 それ菩薩ありて疑惑を生ずるものは、大利を失すとす。

このゆゑに、まさにあきらかに諸仏無上の智慧を信ずべし」と。

【46】  弥勒菩薩、仏にまうしてまうさく、「世尊、この世界において、いくばくの不退の菩薩ありてか、かの仏国に生ぜん」と。

仏、弥勒に告げたまはく、「この世界において六十七億の不退の菩薩ありて、かの国に往生せん。一々の菩薩は、すでにかつて無数の諸仏を供養せること、次いで弥勒のごときものなり。

もろもろの小行の菩薩および少功徳を修習せんもの、称計すべからず。みなまさに往生すべし」と。

仏、弥勒に告げたまはく、「ただわが刹のもろもろの菩薩等のみかの国に往生するにあらず、他方の仏土〔の菩薩等〕も、またまたかくのごとし。

その第一の仏を名づけて遠照といふ。かしこに百八十億の菩薩あり、みなまさに往生すべし。その第二の仏を名づけて宝蔵といふ。かしこに九十億の菩薩あり、みなまさに往生すべし。その第三の仏を名づけて無量音といふ。かしこに二百二十億の菩薩あり、みなまさに往生すべし。その第四の仏を名づけて甘露味といふ。かしこに二百五十億の菩薩あり、みなまさに往生すべし。その第五の仏を名づけて龍勝といふ。かしこに十四億の菩薩あり、みなまさに往生すべし。その第六の仏を名づけて勝力といふ。かしこに万四千の菩薩あり、みなまさに往生すべし。その第七の仏を名づけて師子といふ。かしこに五百億の菩薩あり、みなまさに往生すべし。その第八の仏を名づけて離垢光といふ。かしこに八十億の菩薩あり、みなまさに往生すべし。その第九の仏を名づけて徳首といふ。かしこに六十億の菩薩あり、みなまさに往生すべし。その第十の仏を名づけて妙徳山といふ。かしこに六十億の菩薩あり、みなまさに往生すべし。その第十一の仏を名づけて、人王といふ。かしこに十億の菩薩あり、みなまさに往生すべし。その第十二の仏を名づけて無上華といふ。かしこに無数不可称計のもろもろの菩薩衆あり、みな不退転にして智慧勇猛なり。すでにかつて無量の諸仏を供養したてまつりて、七日のうちにおいてすなはちよく百千億劫に大士の修するところの堅固の法を摂取す。これらの菩薩みなまさに往生すべし。その第十三の仏を名づけて無畏といふ。かしこに七百九十億の大菩薩衆、もろもろの小菩薩および比丘等の称計すべからざるあり、みなまさに往生すべし」と。

仏、弥勒に語りたまはく、「ただこの十四仏国のなかのもろもろの菩薩等のみまさに往生すべきにあらざるなり。十方世界無量の仏国より、その往生するものまたまたかくのごとし、はなはだ多くして無数なり。われただ十方諸仏の名号と、および〔それらの仏国の〕菩薩・比丘のかの国に生ずるものを説かんに、昼夜一劫すともなほいまだ竟ることあたはじ。われいまなんぢがために略してこれを説くのみ」と。

流通分(一念大利)

【47】  仏、弥勒に語りたまはく、「それかの仏の名号を聞くことを得て、歓喜踊躍して乃至一念せんことあらん。まさに知るべし、この人は大利を得とす。すなはちこれ無上の功徳を具足するなりと。

このゆゑに弥勒、たとひ大火ありて三千大千世界に充満すとも、かならずまさにこれを過ぎて、この経法を聞きて歓喜信楽し、受持読誦して説のごとく修行すべし。ゆゑはいかん。多く菩薩ありてこの経を聞かんと欲すれども、得ることあたはざればなり。もし衆生ありてこの経を聞くものは、無上道においてつひに退転せず。このゆゑにまさに専心に信受し、持誦し、説行すべし」と。

仏のたまはく、「われいまもろもろの衆生のためにこの経法を説きて、無量寿仏およびその国土の一切の所有を見せしむ。まさになすべきところのものは、みなこれを〔尋ね〕求むべし。わが滅度ののちをもつてまた疑惑を生ずることを得ることなかれ。当来の世に経道滅尽せんに、われ慈悲をもつて哀愍して、特にこの経を留めて止住すること百歳せん。

それ衆生ありてこの経に値ふものは、意の所願に随ひてみな得度すべし」と。仏、弥勒に語りたまはく、

「如来の興世に値ひがたく、見たてまつること難し。諸仏の経道、得がたく聞きがたし。菩薩の勝法・諸波羅蜜、聞くことを得ることまた難し。善知識に遇ひ、法を聞き、よく行ずること、これまた難しとす。もしこの経を聞きて信楽受持することは、難のなかの難、これに過ぎたる難はなけん。このゆゑにわが法はかくのごとくなし、かくのごとく説き、かくのごとく教ふ。まさに信順して法のごとく修行すべし」と。

【48】  そのときに世尊、この経法を説きたまふに、無量の衆生、みな無上正覚の心を発しき。万二千那由他の人、清浄法眼を得、二十二億の諸天・人民、阿那含果を得、八十万の比丘、漏尽意解し、四十億の菩薩、不退転を得、弘誓の功徳をもつてみづから荘厳し、将来の世においてまさに正覚を成るべし。そのときに三千大千世界、六種に震動し、大光あまねく十方国土を照らす。百千の音楽、自然にしてなし、無量の妙華、紛々として降る。仏、経を説きたまふこと已りて、弥勒菩薩および十方より来れるもろもろの菩薩衆・長老阿難、もろもろの大声聞・一切の大衆、仏の所説を聞きたてまつりて、歓喜せざるはなし。



仏説無量寿経巻下

 出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社)